1、カツオ船に乗ろう

昭和48年2月

「去年までは日本郵船からも募集が有ったんだがな。」

水産高校、担任のF先生が申し訳なさそうに言います。
何の進展もなく進路面接の教室を出ると同じクラスのMが待っています。

M「おう、どうだった良い話でもあったか。」

私「いいや、いよいよカツオ船だなこりゃ。」

M「俺もよ、このまま家の船に乗る訳にいかねえしな。」

私「どうだ、一緒にカツオ船に行かないか、SやNも乗ってるしよ。」

M「そうだな、カツオ船に乗って金を貯めて、それから何かをやるって事でもいいか。」

私「そうだ、かつお船にのろう。」


2、いざ、焼津へ

さて、昭和48年は第1次オイルショック、ガソリンは2倍3倍に跳ね上がり、トイレットペーパーは店頭から姿を消した年です。
M君と二人で東北の片田舎から静岡は焼津に向かいます。
何せ東京より西には行った事がない二人です。
それも東京に行ったのは中学の修学旅行で引率されての事、果して無事に行けるのか。
おりからの国鉄職員のストライキでダイヤは大幅に狂っていました。
駅職員の「構わず到着した電車に乗ってください」の放送に何とか特急電車に乗り込みました。それでも走っては止まりの繰り返しでなかなか進みません。
朝、目がさめて向かいに座っているM君に「ここは何処」っと聞くと「郡山」っと答えます。
昨夜10時からほとんど進んでいません。

「電車が大変遅れておりまして、誠にご迷惑をおかけしております。当駅前より臨時バスが運行致しますので、お急ぎの方はそちらをご利用頂きますようご連絡致します。」

私「おい、どうする」

M「お急ぎの方なので行きましょう。」

バスに乗り換えてその後また電車に乗り換えて、昼過ぎにやっと焼津にたどり着く事が出来ました。
目的の魚問屋の前に来ると中からやせてはいるが背の高い、目つきの鋭い人が出てきました。
我々2人を見付けると笑顔になってこちらに寄ってきます。

「おう、無事に来たか、電車が止まったって聞いて心配しちょったが無事で何よりだ、船はすぐそこにおるでついてきやんせや。」

その目つきの鋭い人に付いて行くと我々が乗り込む「第28千代丸(仮名)」が市場に横付けしています。

「さっき水揚げが終わって、明日の朝には出るきに、他の衆に手伝ってもらって仕込みばしちょってや。」

我々「はあ。」

船の方からN君とS君がやってきます。
2人は中学を出て高校には行かずにすぐに船に乗った為か我々より大人びて見えます。

「おう、Nよ、2人ば寝台に連れて行って、仕込みの方も教えてや。」

N君にそれぞれの寝台に案内され荷物を置いて、早速仕込みに行きます。

私「おい、さっきの目つきの鋭い人は誰よ。」

N君「船頭だよ、怒ったら怖いよ。」

私「船頭か、うん、怖そうだ。」

船具、仕込屋に行って寝台に引く毛布や枕、船具店では釣り竿、仕掛けなどを買います。
その後レコード店に行ってN君は今はやっているカセットテープを買いました。
夕食に焼肉などをご馳走になり船に戻るといい時間になっていました。
船の1日目はこうして過ぎました。


3、漁場に向けて

船は翌朝早く、餌の生きイワシを仕入れる為に瀬戸内の餌場に向けて焼津の港を出港しました。
イワシは魚層に入れるので、昨日まで凍結のカツオが入っていた魚層は掃除をしなければなりません。
魚層はデッキ上に右左、六つづつ、全部で十二の魚層が有ります。
はしごを掛けて2人1組で魚層に入り掃除をします。
中に入ると結構深くて、それまで聞こえてこなかったエンジンの音やポンプの音などが聞こえてきます。
魚層の中には、マイナス40度位まで冷やす冷却パイプが魚層の壁一面に付いています。
魚層の底の周りには船外から取り入れた海水を吹き出すパイプが付いています。
その海水はイワシに新鮮な酸素を供給し、魚層の上部に有る船外への排水口をへて船の外に排出されます。
また、同じようにブライン(冷却冷媒)の循環用のパイプも付いています。

N君「今は設備がよくなってすべて機械場のポンプで海水やブライン(冷媒)の注入、循環、排水をやるが、昔は魚層の底に船外に通じる穴が開いていて魚層を空にする時は、潜って行って木の栓を打ち込んでからポンプで水を捨ていたらしいから、それを思えばだいぶ楽だな。」

私「潜るって、これから行く南方の漁場なら良いけど、春先に行く三陸沖のビンチョウ鮪の時期は寒いんじゃないの」

N君「寒かったろうね、俺も経験ないけどね。」

っと言いながら、凍結されたカツオから出る尾びれなどのごみをバケツに拾い集めています。
大方拾い集めが終わって、デッキに居る人間に合図をしてバケツを引き上げてもらって、かわりに水中灯をもらい魚層の中程の位置に結わい付けます。
暗いとイワシが魚層の壁に追突し、死んでしまうからです。

次の魚層に移って、作業を終えてデッキに上がると他のグループも作業は終わっていて半分位の魚層には海水が張られていました。
さあ、これでいつでもイワシを入れる事ができます。

本日の作業はこれで終わりです、最後にデッキブラシで船の先の方から流して、あとは休みになります。
ビニール合羽を脱いで、改めて船のデッキやブリッジなどを見なおすと、なかなか、カツオ船って広々としていいじゃないですか。
私が一人悦に入っているとN君やS君がやってきました。

N君「どうだい、船酔いは大丈夫か。」

私「ああ、大丈夫みたいだねえ。」

S君「道具の準備はまだだろう。」

私「N君に教えてもらって一式買ってきたけど。」

N君「持ってこいよ、手伝ってやるからよ。」

私は同じ新人のM君にも声を掛けて、道具を持ってデッキに戻りました。
グラスファイバー製の竿、握り部分に巻くナイロン糸、竿先から擬似針までのテグス糸、鳥の羽根を付けた擬似針をN君は手際良く組み立てて行きます。
私も見様見真似で2本目を作りました。
N君はその竿を上下させてカツオが食った時の竿扱いを教えてくれます。

N君「船はナブラ(カツオの群れ)に対してトリカジ(左舷)に見ながら近づいて行くんだ。だから竿は船のトリカジ(左舷)に立って出す事になるな。姿勢は足を肩幅くらいまでひらいて、腰をちょっと下ろす、竿を出した直後は船のスピードが落ちていないので、そのまま竿を出しただけだと擬似針は水面を滑走するだけなので、擬似針は船の先の方に入れて船の後方まで流れたらまた先の方に入れ直すんだ、擬似針が水中にあるときはこうやって擬似針に動きをつけてやるんだ。カツオが食ったら竿の尻手はへその左下、左ももの付け根にしっかり付けて右腕で引き抜くんだ。カツオが頭の上まできたら竿をちょっとしゃくる様にすると自然に魚は外れるから。どうだわかったか。」

私「うん、わかった。」

S君「そんな簡単にわかるわけないだろう。それより竿がもつれた時の予備竿は多めに用意しておくんだな、魚がバンバン釣れてるのにもつれで手間取っているようでは話になんないからな。」

N君「そうだよな、Sは餌飼いだから人のそんなところは良く見えるよな。」

そうなんです、S君は餌飼い(エサカイ)なのでカツオは釣りません。
餌飼いはオモテ(船の先の方)とトモ(船の後ろの方)に一人づついてイワシを放ってカツオの泳ぐスピード下げて、カツオを浮かして船のまわりを廻るようにします。
そんな話をしているとヘノリ(デッキの責任者)がやってきました。

ヘノリ「明日、イワシを積むともう休みはなくなるきに、今のうちにたんと休んどいてや。」

ヘノリと言う語源は、多分、「舳先(へさき)に乗る人」っと言う事からついたのだと思います。
カツオ船の舳先は高さが高くなると4-5メートルもあります。
その舳先でカツオを釣る事はそれなりの体力と熟練した技術が必要な訳で、それに敬意を表す呼び名なんでしょう。

N君「ヘノリ、今RとMへカツオの釣り方を教えておったけんが、商売が始まったら釣らしてもよかかねえ。」


ヘノリ「そりゃ、構わんが、おんしが(お前)今までやってた餌運び(魚層から餌飼いの所の飼い桶までイワシを運ぶ事)が第一よ、それの合間に竿を出す事は構わんで」

N君「そうか、これからは俺は餌運びをせんでもいいようになったんだ。」

ヘノリ「Nよ、ちゃんとそこんとこ教えてやってや。」


N君「まかしちょいて、餌運びのプロが教えてやるき。」

さあ、カツオの釣り方、正しい餌の運び方まで丁寧に教えてもらって、翌日船はいよいよ瀬戸内の餌場に到着しました。
イワシは定置網に入ったのをコワリ(生簀)に入れて、ある程度養生させ慣らしたものを買い入れます。
船がコワリの方に寄って行くと、陸の方から船外機のボートが2隻走って着ました。
餌場の人達です、その人達の誘導で船をコワリに横付けにします。
コワリの網を手繰り寄せてイワシを船の近くに集めます、それをバケツですくって、後は船の魚層まで手渡しで渡して行きます。
餌の仕込は1時間もしないで終わりました、イワシは弱い魚って書くくらいなので弱いイワシは水面に浮かび上がってきます。
浮かび上がったイワシは冷凍用のパンに塩漬けされて凍結され、沖で生きイワシが少なくなってきた時に使用されます。
水面に浮かばずに底に沈んだ物は直径5センチ位のエンビのパイプで吸い上げ捨てられます、そのままにしておくと腐敗して水を汚して生きているイワシを弱らせるからです。
この生きたイワシをどんだけ多く漁場まで生かして行けるかで、それで商売できる期間が決まるわけです。
いよいよ、船は遥か彼方、南方の漁場を目指して舵をとりました。


4、沖だし

「お前らはいいよ」って餌飼いのS君は言います。

S君「俺や、Nが中学を出て、乗り始めはコック長の手伝いから始まったんだ。食器を洗ってたら、「マンボウがいた」って聞こえたんで鍋を叩きまくった。」

私「え、何で。」

N君「それはよ、マンボウの食い方は身を肝で炒めて食うんだ。肝は油の固まりみたいなもんだから、食器に付いてなかなか落ちない、食器洗う人間にとっては来て欲しくないわけだな。」

S君「マンボウはほとんど水面で横になって寝てるんで、鍋を叩いて寝てるマンボウを起こそうと思ったんだ。そうしたら船頭がブリッジの上から飛び降りてきてよ、怒られた怒られた、殺されっかと思ったぞ」

N君「おう、あん時は、お前が食器洗いの当番で、船はそーっと静かにマンボウに近づいて、今まさにモリを投げようっと言う時に、お前が鍋を叩いて出てきたもんだから、船頭も怒る訳だよな。」

私「はあ、そんな事もあったんだ。マンボウって美味いのか。」

S君「うまかあねえよ、あんなもん。」

N君「まあ、まあ。これからわかって来るけど,昼飯のおかずはカツオの刺身と決まってるんだ、そうなると変わった魚でも食いたくなんだな、まずくはねえよ。」

私「所で、この船には何人乗ってんだ。」

N君「まず、船頭、船長、チョッサ(一等航海士)、ニコウ(二等航海士)、冷凍長、ヘノリ(甲板長)までがデッキの関係者で機関部関係は機関長、ファースト(一等機関士)、セコンド(二等機関士)、ナンバン(繰機長)その他に局長(無線士)にコック長、それ以外は平で総勢26人、寝台は30人分あるがな。」

私「26人か結構乗ってんだな。」

N君「カツオが釣れている時間は短いんだ、食っている間にいっぱい釣るには人が多いほど良いからな、ああそうだ本船はロボットを積んでるんだ。」

私「ロボット?」

N君「カツオ釣機の事だ。」

S君「ありゃ、カツオ釣機って事になってるがカツオ釣には余り向かねえな、動作が遅くて幾らも釣れやしねえ、もっと重いビンチョウマグロを釣る時は最高だね、何しろ人間が二人で釣るやつをバンバン揚げるからな。」

私「2人で、どうやって釣の。」

N君「まず、竿が普通のと違うんだ、もやい竿っと言って2本の竿先からのテグスが途中で一緒になって、その先にビンチョウマグロ用のチャン(擬似針)が付く、その竿で釣るんだ。」

私「そのチャンの話だけど、本当にあんなもんにカツオが食ってくるの。」

S君「食ってくる。食う時には手入れが悪いチャンでも食ってくる、だけんが食いが悪くなってくると道具の手入れとチャンの泳がせ方が巧い奴にはかなわないな。」

N君「Sよ、そんなこと言うがお前、生き餌を放ってカツオを寄せる時に、お偉いさんがいる方ばっかりに放ってるじゃん。」

S君「え!、そんな事あった、気のせいだよ。」

私「まあ、まあ、そうか俺にも釣れっかなあ。」

N君「大丈夫、大丈夫、誰だって初めからうまい奴はいないって、それよか、そろそろイワシの餌の時間だな。」

人間の飯の時間が遅れても、イワシの餌の時間はきっちりやらなければなりません。
始めは魚層の底に沈んでいるイワシの死んだ物をポンプを使って吸い上げて取り除きます、餌はそれからです。
その餌は1-2ミリの乾燥餌でイワシが入っている魚層の中央に直径8センチ長さ1.5メートル位のエンビのパイプを立てて水と一緒に乾燥餌を流し込みます。
乾燥餌は丁度、魚層中央の広い所に運ばれ、それにイワシが群がり食います。
魚層の入り口が狭くなっているので、イワシが狭い所に群れてきて衝突して死ぬのを避けているわけです。
ヘノリがオモテ(船首)の倉庫から太さ3ミリ長さ3メートル位の先に釣りが付いた棒とカガミ(底の部分がガラスで水中を覗く道具)を持ってきました。

ヘノリ「おい、Nよ、イワシに混じってサバも入っているみたいなので、これで引っ掛けて捨ててくれや。」

N君「2番の右と4番の左のカメ(魚層)に入ってたのは見ましたが。」

ヘノリ「後は5番の右だな、だけえが、あんまり無理すんな、かえって無理してイワシに傷つけてもよくねえでな。」

早速、N君、S君はサバ退治で引っ掛け棒を右手にカガミで魚層を覗いています。

私「ヘノリなんで、サバを捕んなきゃ駄目なんですか。」

ヘノリ「サバは大きくなるとイワシを食う様になるきにな、今のうちに捕れるもんは捕っておかねえと、前に野放しにしとったら小さいカツオ位までになったのがおったぞ、まわりが餌だらけなんでサバには最高の環境よな。」

私「なるほどね、餌が有ってのカツオ船ですからね。」

ヘノリ「お、知ってんね、じゃあ、おまんはイワシが生きてカツオの餌として使われんのは何割くらいだと思う。」

私「うーん、半分位ですかね。」

ヘノリ「いや、良くて4分の1だ、積み込んだ当日に半分くらいは死んでしまうからな。」

私「たった、4分の1ですか、せめて半分位に、なんないもんですかね。」

ヘノリ「イワシの事「弱い魚」とは良く言ったもんよな。」

N君、S君は順調にサバを引っ掛けている様です。
N君のそばに行ってしばらく見ていると、残っているのはすばしっこい奴ばかりみたいで、その後なかなか引っかかりません。

私「N君、俺にもやらして。」

N君「おう、いいよ、丁度交代しようと思ったとこだ。」

N君から変わってカガミで魚層の中を覗くとイワシが群れて魚層の中を廻っています。
その中で大きく見えるのがサバでしょう。
釣りが付いた棒をイワシの群れの中に入れてサバが廻って来るのを待ちますが、イワシが棒を大きく避けて通るのでサバも寄ってきません。
私はイワシやサバが棒に対する警戒心が薄れるまで棒を動かさないようにして、その時を待ちます。
時間が経つにつれてイワシの群れがだんだん棒に近づいて廻るようになって来ました、その中に例のサバも入っています。

「そろそろだな、次、廻ってきたら引っ掛ける。」っと心の中でつぶやきます。

棒の先の釣りの位置を確認します、釣りの方向をイワシの輪の外側に向けます、果してサバは棒の外側を廻ってくれるか、サバが寄ってきました、サバは棒にぶっつかる位近づいてから棒の外側に廻ります、「今だ。」棒を力いっぱい引き上げます。
釣りはサバの中央、腹の部分にささり、棒の先でサバが暴れています。
思わず「やった。」て叫びました。


5、ナブラだ

餌場を出て、10日過ぎたあたりからブリッジの上でカツオのナブラ(群れ)を探す姿がちらほらと見えてきました、いよいよ、商売が近いんでしょう。

私「もうそろそろ漁場が近いのか。」

S君「まだ、1週間も早えいよ。ブリッジの上には船頭はいねだろ、ゴマすり爺達が暇つぶししてるだけよ。」

N君「Sよ、そりゃちょっと言いすぎだぜ、何処にカツオがいるかわかんねんだからな。」

私「あれ、双眼鏡で見ているが、あれでどうやって探すんだ。」

N君「ナブラは鳥山(トリヤマ)か流れ物(ナガレモノ)、後は水面の状況だな。」

S君「トリヤマはカモメを探すんだ、カモメもカツオも餌は小魚でいっしょなんでカモメを探せばカツオも見つかるって事よ、ナガレモノは流木が一番多くて、その中でも立ち木が一番魚が付くな、小魚から始まってカツオ、シイラ、マグロまでいろんな魚がついてるよ。」

私「トリヤマ、ナガレモノはわかるけど、後の水面の状況って何なの。」

N君「それはね、カツオは水面の近くを群れを作って泳いでるんだ、そうすると水面に小さい山(うねり)がいっぱい出来て、その山に影が出来るんで、他の水面と比べるとちょっと暗く見えるんでわかるんだな、っと言っても初めてではわらないけど。」

私「なるほどね、所で我々はブリッジに行かなくてもいいの。」

S君「若い衆は船の一番先で魚を探している格好だけしてればいいの。」

N君「まあ、それでも良いんだけど、デッキで仕事が何にもなければブリッジの一番上に上がって見ていろって言われてるんだ。」

私「なるほどね、あれ、冷凍長がやってきたよ。」

冷凍長「おい、これからブラインを作るんで手伝ってくれや。」

私「塩を溶かすんですか。」

冷凍長「お、知ちょるかね。」

私「高校で冷凍の授業で教わりましたが、海水に塩を入れてゆくと、通常水は0度で凍りますが20度近くまで凍らないっと言う事ですよね。」

冷凍長「そうそう、先航海使ったもんはカツオの生(血)で汚れて捨てたんで、足りない分を作らにゃのう。」

N君「塩は何袋出せばいいですかね。」

冷凍長「とりあえづ50袋出してもらおうか、今準備室の下の魚層に水を入れるで、かき回すポンプの準備もしちょてや。」

ブリッジの上でナブラを探していた人達も降りてきて、みんなで25キロの塩の袋を準備します。
魚層には半分位海水が入れられ、それに紙袋を破いて塩が入れられます、そしてギヤーポンプの出口ホースの先を、底の塩が厚く残っている所に当てて撹拌します。
塩が溶けてくるとボーメード計(比重計)で測定し所定の比重なったら上澄みを他のブラインが入っている魚層にシフトします。
さあ、これでいつカツオが釣れても冷凍の方はOKです。
その時エンジンの回転がちょっと速くなったような気がしました。

S君「おお、商売か冗談だろう。」

みんな外に出てブリッジを見上げるとヘノリが前方を指差しています。

S君「どうやら、マジで商売らしいな、おいオモテ(船の前部)とトモ(船の後部)の飼い桶にイワシをいれてくれや。」

私とM君はN君に教わりながらイワシをバケツに入れてトモとオモテの飼い桶に運びます。バケツで3杯入れたときにS君からOKの合図が出ました。
私とM君は船の先に行って遥か前方に目をやりますが何にも見えません。
ブリッジの方を見るといつのまにか船頭が舵を持っていました。
肉眼で確認できるようになったのでしょうか、少しずつブリッジから降りてきました。
一番先で釣るヘノリも降りてきました。

ヘノリ「Rよ、いよいよ初めての商売じゃのう、Sから「餌持って来い」って言われたらいつでも持って行けるようにしといてや。」

私「はい、了解です、所でナブラは何処ですか、私にゃ見えませんが。」

ヘノリ「まだ、見えんか、船の前方のちょっと左側を見てみい、どうじゃまだ見えんか。」

私「ああ、鳥が2〜3羽見えます。あれですか。」

ヘノリ「そうじゃ、今回のナブラはトリヤマじゃ、Rもそろそろ下に行って釣る準備ばしちょってや。」

そうなんです、私の釣る場所はオモテでは一番後ろのブリッジのちょっと前位の位置で、水面からの距離も一番近い所です。
私が自分の場所に着いて竿の準備をしていると他の人たちも、みんな所定の場所に着きました。
散水器から勢い良く水が出て水面に当たっていかにも小魚が跳ねているようです。
ブリッジからマイクで船頭が「放ってみよ」っと言います。
S君が飼い桶からいわしを小さいタマですくって2〜3匹位ずつ放ります。
その放られたイワシをカツオが食うか、みんな見入ってます。
その時イワシが水面に着いた瞬間にカツオが水面を揺らしてイワシを飲み込みました。
それを見た船頭はマイクで「食った、放ったれ、放ったれ、もっと放ったれ」って,S君とトモの餌飼いに指示を出します。
みんないっせいに竿を出します、そして竿を使ってチャン(擬似針)をいかにも小魚が水面で跳ねている様に躍らせます。
オモテの方からカツオが揚がり出しました。私の隣で釣っていたN君も釣り上げています。

私の竿も急に重くなりました。
船が惰性の為に完全に止まっていないために竿がトモ側に引かれます。
自分の体の前まで引き寄せてから、左手で竿の端を左足の付け根に固定し、竿を持つ右手に力を入れ、からだ全体を使って思いっきり引き抜きます。
泳ぐためだけにデザインされた黒と銀色の魚体が散水器のしぶきの中から全身を振るわせながら現れます。
頭の上まで来た時に竿をちょっとしゃくるとカツオは外れました。
「よしよし、順調、順調、教えられたとおりだ。」っと心の中でつぶやくと、ブリッジの上から船頭がマイクでこちらを見て怒鳴っています。

船頭「かったい・・・」

「かったい・・・」?なんじゃそれ、隣のN君が私に言います。

N君「もっと力を抜いて、揚がったカツオが全部オモカジ(右舷)の海まで飛んでるぞ。」

あちゃ、そう言うわけだったの、船頭も怒るわなあ、すぐに力を加減するとカツオは私の後方2〜3メーターの所に落ちるようになりました。

20匹位釣るとS君からさっそく餌の合図です。
M君と2人で魚層にいってイワシの餌を蒔いてイワシを寄せます。
それをタマですくって、バケツでトモとオモテの飼い桶まで運びます。
それぞれバケツで4〜5杯運んだら飼い桶も一杯になったので又竿を出します。
しかしカツオの群れは、もう船の回りからは離れたようでもう釣れません。
みんな竿をしまって、今度は釣った魚を片付けます。
一匹2〜2.5kGでおよそ1〜1.5トン位です、これ位の量ではブラインではなく、急冷(ファンが付いた凍結室)に入れられます。
片付けは20分くらいで終わります。
さっき船頭がマイクで言った事がわからなかったのでN君に聞きます。

私「N君、さっき船頭がマイクで怒鳴った「かったい」ってのはどう言う意味なの。」

N君「あれは三重県の言葉で「ばかやろう」って事よ。」

私「なるほどね。」

初めてのカツオ釣りはこうして終わりました。


6、熱帯魚 よれ よれ

船の朝は早く、朝飯の前にイワシに餌をやる事から始まります。
まず、魚層の底に沈んでいるイワシの死骸をポンプで吸わして取り除きます。
その後に乾燥餌を時間をかけて与えます。
1度に大量に与えると、いくら海水を循環して居るからと言っても、食べきらない餌が底に溜まり水を汚すからです。
乾燥餌は2人1チームでやります、直径7〜8センチ、長さ1.5メートルのエンビのパイプを魚層の真中にセットします。
一人が食器で乾燥餌をエンビパイプに入れると、もう一人がホースで海水を注ぎ込みます。
そうすると魚層の中央に、丁度、花火みたいに乾燥餌が広がります。
それまでエンビパイプから離れて回っていたイワシの群れは、群れを崩してむしり食い出します。
私が乾燥餌をエンビパイプに入れると、相棒のN君は眠そうに目をこすりながら海水をエンビパイプの中に入れます。

私「いやー、昨日のナブラはすごかったね、俺だけでも20匹位釣ったからね。」

N君「それくらい釣ったって何にもなんねよ、この船には何トン位積めると思ってる。」

私「さあー、トンって言う単位が良く解らないからなあ、どれくらい。」

N君「このイワシが入ってる魚層ひとつで30トン、この魚層が12あって、ブリッジの下の魚層、準備室とオモテの急冷室を合わせると全部で404トンだな。」

私「ああ、歌に「おいらの船は300トン」ってあるけど「おいらの船は404」っだ」

N「だから、Rが20匹位釣ったからって何の足しにもならないって事。」

私「そんなこと言ったって、1匹が2キロとして20匹で40キロで、400トンっと言うと400000キロだから、割る40キロだと10000になるな、ええ、1万・・・ 1万回も釣らなきゃなんないの。」

N君「まあ、一回に50トンって言うナブラもあるから、そんなに回数が多くはないが結構大変て事よ。」

私「だよね、50トンのナブラだと、8回で終わりだもんね。」

N君「Rって結構、単純だね。」

そんな話をしながら餌も終わると、冷凍長が「昨日の魚を移すぞ。」って言っています。

私「移すって、何処へ、なぜに。」

N君「ブリッジの下の魚層に移すんだよ、今、昨日釣ったカツオは急冷室に入っているけど、急冷室で冷やしたカツオは値段が良いんだ、だから急冷室のカツオの凍結が出来たら、次のナブラが来てもいいように、急冷室は開けておくんだ。」

私「なるほどね。」

オモテの急冷室からブリッジの下の魚層まで、みんな総出で一列になり手渡しでカツオを移動します。
まあ、人手がないとカツオも釣れませんが、こういう場合人が多いっと言う事は助かります。
仕事がひと段落すると、やっと朝飯です、飯に味噌汁、後は漬物で早々に済ませます。
なんせ26人なのでコック長もたいした物は出来ません。
その後、新人のM君と私は食器洗いが残っています。

M君「おい、俺達は機関部員っと言う事で乗船してきた訳なんだけど、ぜんぜん機関部の仕事をしてねんよな、どうなってんだ。」

私「まあ、はじめの2〜3航海はカツオ船の全般の仕事を覚えるって事じゃないの。」

M君「っけ、おれは、食器洗いや餌運びなんかしたくはないだがな。」

私「そんなこと言ったて始まんないから、やる事やんなきゃな。」

M君「そんなもんかね、はいはい。」

洗い終わった食器を炊事場に持って行き、オモテに行ってブリッジの方を見ると、すでにナブラ探しは始まっていました。
へさきに座っているN君の隣に並んで腰掛けます。
そこから水面まで4〜5メートル、波もなく船は快調に進んでいます。
船の後ろの方から何やら黒い影が泳いできます。
イルカです、二十数頭のイルカが横一列になって船と一緒にジャンプしながら泳いでいます。

私「おいおい、何かこれって「イルカに乗った少年」って感じじゃないかえ。」

S君「幸せな奴。」

私「こんな事、結構あるの。」

N君「そんなに有るわけじゃないけど、4〜5回は見てるな、鯨やジンベイザメってのもあるしな。」

イルカは30分位船と一緒に泳いだ後、何処かに行ってしまいましたが、その後すぐにエンジンの回転が上がりました。

S君「おお、ナブラか、結構調子がいいなあ、この航海は結構早く帰れっかもしんねえな。」

私「S君、飼い桶のイワシは大丈夫か。」

S君「大体は入ってたと思ったが、ちょっと見てみらあ。」

立ちあがって飼い桶の所に行って、底の死骸をすくいながら「バケツ2杯。」って言っています。
私とM君でオモテとトモの飼い桶にイワシを運びます。
ブリッジの上がにぎやかになってきました。

イワシを運び終えてへさきに戻るとH兄がブリッジから下りて来ました。
H兄はヘノリに次ぐNO2ですが、人間は悪くはないのですがちょっとおっちょこちょいで軽く見られています。

N君「H兄、早いですね。」

H兄「うん、このナブラは、はじめは鳥だったんだが、そのトリヤマの中心を見ちょったら、何か浮かんでるんでな。」

N君「じゃ、H兄が見つけたんですか、そりゃすごいじゃないですか。」

H兄「ほら、もうじきに見えてくるでな。」

うむ、何やら確かに浮かんでいるのが見えます。
船はエンジンの回転を下ろして、そのナブラに近づいて行きます。
通常のナブラでは泳いでいるカツオと並走し、イワシをまきながらカツオのスピードを落とし、最後はカツオの進行を止めるように舵を左にきります。
しかし、流れ物の場合は船が丁度その流れ物のそばに停止するように操船します。

S君「なんじゃ、ありゃ、カゴだ、魚市場なんかで使うカゴだよ。」

ブリッジからマイクで船頭が言います「放ってみよ。」
はじめのイワシが水面に着くと同時にカツオらしき魚がイワシに飛びつきました。
「放れ、放れ。」の船頭の声でオモテの方からカツオが揚がりはじめました。
私も早速竿を出します、来ましたカツオです、今回は船頭に怒られないように丁寧に釣って行きます。
順調だと思っていたら、急に竿が水中に引きずり込まれました。
やっとの所で引き戻し竿を立てると水面から顔を出したのは1メートル以上もあるシイラでした。
どうしようかと隣のN君を見ると、やはり同じくシイラが来ていて、四苦八苦しながらも揚げています。
「やるっきゃないか」っと思い、魚を自分の正面に引きずってきて、竿の端は左足の付け根に当て、竿を両手で握り、体全体で引き抜きにかかります。
シイラは薄く細長い体をくねくねさせて、私の右側の船の淵ぎりぎりの所を越えてデッキに落ちました。
ホッとしているのも束の間で、チャン(擬似針)がシイラの口から外れません。
他の人達は次々とカツオを揚げています。
「そうだ、予備の竿だ。」
後ろの竿箱から予備の竿を出して、構えた時にS君から「餌だ。」の声が掛かります。
また、後ろの竿箱に竿をしまい、飛んで来るカツオをよけながら、オモテとトモの飼い桶にイワシを入れて行きます。
餌運びを終えて、また竿を出します。
今回のナブラは船から離れません、っと言うより流れ物に着いているので、船が流れ物から離れなければ、このまま釣れるのかもしれません。
さすがに、30分過ぎた頃から食いが落ちてきたみたいです。
船頭が船の位置を変えてみますが、まったく食わなくなりました。
そこで、流れ物にブイ(電波を発信して位置を知らせる浮)を付けて、明日また釣る事となりました。
船の先でH兄が竹ざおの先にカギが付いたものを持って構えます。
H兄はその流れ物(市場のカゴ)にカギが届くと、さっさと引っ掛けて上げてしまいました。

H兄「おお、熱帯魚よれよれ。」

N君「H兄、これ上げてどうすんの。」

H兄「うん、ブイを付けるんじゃろ。」

N君「流れ物は一度水から上げたら、今まで付いていた魚はどっかに行っちゃいますよね。」

H兄「え・・」

その時船頭が「馬鹿やろうが」っと言い残してブリッジの上から降りたのを、H兄は知りませんでした。


7,カツオ船の歌

「熱帯魚 よれ よれ」事件があってから、H兄は元気がありません。
かなり船頭に叱られたようです。
イワシの餌と朝食の後片付けも済んで、船のへさきに座って昨日の事を聞きます。

私「おい昨日、H兄が言った「熱帯魚 よれ よれ」ってどう言う事。」

N君「おう、よれ よれって事か あれは三重県の方言だと思うだが、「いっぱい」って事だよ。」

私「ああ、そう言えばカゴの中に、きれいな熱帯魚がいっぱいはいってたな。」

N君「あんな小さなカゴ一つに、何千何万の魚が付いてるんだから不思議なもんだよな。」

私「はじめは小さな熱帯魚だよな、だんだん大きくなって最後はサメか?」

N君「ところで陸(おか)ではどんな歌がはやってるんだ。」

私「うーん、やっぱ沢田研二だろな、「時の過ぎ行くままに」が一番じゃないか。」

N君「ああ、それなら入港した時に、喫茶店で流れてたんで、聞いた事があるなあ。」

私「あとは、フォークソングでは吉田拓郎や泉谷しげるなんかじゃないかなあ。」

N君「それもカセットテープを買ってあるんで知ってるぞ、それよかカツオ船の歌があるんだけど、教えようか。」

私「カツオ船の歌? おお 教えて。」

N君「そんじゃ、代表的なやつをひとつ。」

っと言ってブリッジには聞えないように歌い出しました。

  ニイハチ(28)千代丸花形で 年はイチハチ(18)白波の
  意地には強い男だが 情けにゃ弱い美少年

  三陸事業も無事終えて 明日は故郷の浜島へ
  又来る春よ来春よ それまでさらば気仙沼港

  犬吠三崎も早過ぎて 椿で名高い大島の
  灯台をおば右に見て 千鳥なぜ鳴く下田港

  鳥羽の港にいかりうち 外宮内宮参拝し
  ふたみがうらに立ち寄れば 彼女の土産は真珠かな

私「おお、いいじゃん、いいじゃん、かっこいいよ、これってどう言う歌なの。」

N君「これは、歌にもあるように三重県は浜島の人間が歌った歌だな、カツオ船でシケが多い三陸沖のビンチョウマグロ漁をやっと終わって、故郷の浜島に帰るところを歌った歌さ、誰が作ったか、いつ頃から歌われているかはわかんねえな。」

私「なるほどね、いい歌だよ。」

N君「あとは、こう言う歌もあるんだ。」

  おいら船乗りカツオ船乗りよ
  金波銀波(キンパギンパ)の荒波越えてよ
  日にささげるマドロス人形 
  かわいい あの子の贈り物なのよ

  ・・・・・

N君「あとは良くわからんな」

私「うん、これもいいじゃん。」

そんな事をやっていると、今日もまたエンジンの回転が上がってナブラが来たようです。


8,反転沖へ

航海も終わりに近づいてきたのは、イワシが入っている魚層の数が少なくなってきたのでわかります。
イワシが入ってる魚層が三つ、カツオが入ってない魚層が五つで他の魚層にはカツオが冷凍され入っています。

S君「あと240トンかちょっときついな。」

私「おい、このままカツオが釣れなくてイワシがなくなったらどうすんの。」

N君「仕方がねえよ、このまま帰るしかねえな、良くある事さ、昨夜局長が「オカヨリニ チョウサチュウ」って無線局に通信したって言ってたもの。」

イワシの魚層の数が少ないので餌やりもすぐ終わってしまいます。
船のへさきに向かうとエンジンの回転が上がりました、どうもナブラのようです。
ブリッジからHさんが早々と下りてきました。

N君「Hさん、早いですね。」

Hさん「カツオが跳ねてるよ、どうもありゃ餌持ち(えもち)だなあ、食ってくるかどうか。」

私「Hさん、餌持ちってすべて食ってこないんですか、中には少しは食ってくるナブラも有るんじゃないですか。」

Hさん「さあな、今まで10年カツオ船に乗っているが、食ってきた餌持ちのナブラはなかったな。」

私「ああ、見えてきましたね、本当だ、跳ねてますよ。」

そのナブラは見渡す限りとは言わなくても、かなり大きな範囲でカツオが小魚を追いかけ飛び跳ねています。
船はそーっとナブラの中に、走ってきた勢いで進んで行きます。
みんないっせいに竿を出しますが、カツオは船が近づくと海の中にもぐっては消え、少し離れた所でまた飛び跳ねています。
ニ、三度それを繰り返しましたが、船頭も諦めたみたいで勢い良く船は走りはじめました。
走りはじめてから1時間ほどして、またエンジンの回転が上がりました。

S君「ちぇっ、また餌持ちじゃねえの。」

ぼやくS君のあとについて、へさきにのぼって行くと、今度はカツオは跳ねていません。
上空に鳥が2羽飛んでいるだけです。

ブリッジの上から船頭がマイクで言います。

「放ってみよ。」

S君の手から放たれたイワシは、水面に着くと同時にカツオが食いました。
へさきの方からカツオが上がってきます。
S君はこの時とばかりに一回に2匹づつイワシを放ります。
それを見た船頭はマイクで「おい」っと言って右指を一本立てました。
S君はそれまで2匹づつ放っていたイワシを一匹に減らしました。
なのでS君からの餌の催促は、釣り始めて30分位してからでした。

餌運びを終えて、また竿を出します、依然カツオの食いは変わりません。
10時頃から釣り始めて、結局カツオが食わなくなったのは2時間後の12時近くでした。
カツオの片付けは、普通若い衆だけでやりますが今回のナブラは20から25トン位釣れたので、船頭以外総出で行います。
左右の指の間に2匹ずつカツオのしっぽをはさむと、一回で16匹のカツオを持てます。
冷えたブラインが入っている魚層に、釣れた半分程のカツオを入れた時にまたエンジンの回転が上がりました。

S君「おいR(私)よ、オモテ(へさき)とトモ(船尾)の飼い桶にイワシを入れてくれや。」

デッキに先のカツオを置いたまま、次ぎのナブラのカツオが上がりはじめました。
普通だと船の勢いがなくなると、カツオは船から離れるものですが、このナブラはなかなか船から離れようとはしません。

トモ(船尾)からのベルトコンベアとオモテ(へさき)からの滑り台で集まってくるカツオはデッキに積みあがってきます。
その高さはデッキの魚層の淵の高さと同じ位になってきました。
デッキの両サイドにあるスカッパ(デッキに乗ってきた波が外に抜ける窓)から、船がローリング(横揺れ)するたびにカツオがポロリ、ポロリとこぼれています。
しかし、誰もスカッパを閉じに行こうとしません、釣った方が早いからです。

釣り始めて1時間程過ぎた頃、コック長が握り飯をみんなに配り始めました。
一口かじってはカツオを釣り、カツオを釣ってはまた一かじりです。

結局、冷凍長の判断で今日の商売は夕方の4時で終わりました。
釣れたカツオは120トンで、これ以上釣っても凍結が間に合わないからです。
ブラインが入った魚層にカツオが入れられ、ある程度まで入れられると冷凍長がグラスファイバーの竿を差し入れます、これで入れられたカツオの量を計ります。
カツオは凍ると若干膨張するので、その分余裕を持って入れる量を調整します。


翌日は凍ったカツオの処理から仕事が始まりました。
その仕事が終わると、まるでそれが終わるのを待っていたかのようにエンジンの回転があがりました。
さあ、今日も昨日と同じ120トン釣れれば「満船帰途 メデタシ メデタシ」っとなる訳ですが。

結局、10時頃から商売をやったにもかかわらず、夕方の4時には商売は終わっていました。

局長が陸の無線局に「反転沖に」と信号を送ったのは、ほぼ船が満船状態になってからで、そして半日後には「満船帰途」の信号を送ったのです。


9、満船帰途

船舶には局長(通信士)の乗船が義務づけられています。
それは非常事態の非常信号の発信や会社や乗組員の家族との連絡の他に漁業状況を無線局に連絡する事も重要な仕事のひとつです。
漁業状況の連絡とは「餌,残りひとカメ(魚層の事)となり 陸よりに調査中」とか「満船帰途 みな元気」などと現在の船の状況を無線で知らせるわけです。
港町には、その通信内容を載せた漁業新聞があります。
船乗りのいる家や、船舶に関係しているお店などが、購読者となります。
その漁業状況の連絡の中に、他の船の現在の位置、漁の状態などが隠されているので局長は、それを受信し解読し船頭に知らせなければなりません。
たとえば「凪よく 調査中 水温 23.5度」の場合、水温の最後の数値、ここでは5が本日の漁獲漁を表していたりするする訳です。
船頭同士が友達だったり、同じ会社の船などは暗号を使って漁の状況を知らせ合います。
今回、二日で240トン釣っちゃった訳で、どうも船頭は知り合いの船に知らせるタイミングを逃したみたいです。

局長「いやー、他の船から文句を言われて困るぞ。」

N君「でも、仕方がないじゃないですか。まさか船頭も二日で満船になるとは思ってなかったでしょうからね、所であの漁場はどうなってますか。」

局長「今3隻向かっているが、近くに居た1隻は45-50トン位の漁で、たいした事はないようだな。」

N君「ああ、それじゃ本船はラッキーだったんだ。」

局長「まったくその通りで、後はカツオの値段が高く付けばいいんだがな。」

私「今カツオはどれ位してるんですか。」

局長「キロ150円位だな。」

私「150円ですか、そうすると400トンだから400,000掛ける150だから60,000,000で 6千万ですか、すごいですね。」

局長「相場が良い時は300円もする時があるんだが、同じ魚を持って行って水揚金額が倍になる時もある、まあ、自分で値段を決められない悲しさだなあ。」

私「ところで、私はどれくらい貰えるんですかね。」

局長「ああ取り金の事か、取り金は切上げ(正月前)の時に清算されるんだ。1年間の総水揚げ金から船会社がまず取って残りを船員で分けるんだ。もっとも、お前は見習期間だから1年間は0.8人分の取り金になるな。」

私「0.8人分か、ああ入港はやはり焼津ですか。」

局長「会社からの連絡待ちでまだわからんが、年間に5航海位やるが、3回から4回は焼津だからなあ。」

私「焼津の他にはどう言う港に入いるんですか。」

N君「九州の枕崎、山川、ビンチョウ時期には宮城の気仙沼くらいだなあ。」

私「水揚げについてもっと教えて。」

N君「そうか、経験ねえもんな、水揚げはシートで出来た大きな袋にカツオを入れて、それをクレーン車で釣り上げるんだ、大体2日間かかるな。一本一本手作業だから疲れるぞ。」

局長「Nよ、疲れんのは水揚げだけじゃないだろう。毎晩飲んで歩けば疲れるのは当たり前じゃ。」

N君「何をおっしゃいます、わたしゃあ局長みたいに病院で栄養剤を注射して飲み歩くような事はしません。」

局長「いや、ありゃ、まあ、結果的にはそうなるが、初めは純然たる病人としてだなあ診てもらったんで、疲れるって言う事で栄養剤をうってもらったんだが、そりゃあもう調子が良くて調子が良くて、もうやめられません。」

N君「そうですよね、我々船乗りは1年のうち何日も陸にいないわけで、陸にいるとき位は楽しくしなきゃねえ。」

局長「その水揚げの前に、明日当たりから錆び落としとペンキ塗りが始まるんじゃないか。」

N君「炎天下の中で、ありゃ疲れるよね、まあそれが済めばいよいよ入港だから我慢してやるっきゃねえか。」


10、焼津入港

いよいよ明日、出港した焼津港に入港です。
カツオは400トン、満船ですが果してキロ幾らで売れるのか?
100円だと4千万円、150円だと6千万円の水揚げとなります。
乗組員26人の給料、餌の生きイワシ、燃料の重油などなど経費は結構掛かるわけで、果して我々の取り分がいっぱい残りますよう。

2ヶ月前に焼津を出てからは見渡す限り海、うみ、umiだけでしたが、水平線から山が見えてきました。 
それが段々、緑色が濃くなってきて、なんとも言えない安らいだ気持ちになってきます。
初めは青い空、青い海っと言って喜んでましたが、そればっかりなので飽きが来る訳で、それは目の方も一緒のようです。
気温も漁場に比べると10度近く下がってきて、その冷たい風が日本に帰って来た事を教えます。

沖に伸び出た防波提に沿ってコの字型の焼津の港に入って行きます。
船はオモテ(前)とトモ(後)を太いロープで固定されました。
今日は昼も過ぎたので、水揚げは明日からされる事になり、本日は入港中の小遣いを借りて解散となりました。
いつもは海水の風呂に入りますが、今日は久しぶりの真水の銭湯です。
HさんとIさんと連れ立って出かけると、まだ早いために誰も来ていない、広い湯船に入る事が出来ました。

銭湯を出ると、次ぎは飯で焼肉屋へ行きます。

Iさん「おいRよ、飯なんて幾ら食っても飲み代に比べたら安いもんよ、遠慮せんでバンバン食えよ。」

っと言って肉を次々に注文します。
3人で6人分の焼肉をたいらげて、店を出ると外は暗くなっていました。

Iさん「Hさんよ、次ぎはあそこでいいが。」

Hさん「ああ、ワンパターンじゃが、他に行っても落ちつかんでな。」

っと言ってタクシーを止めて我々を先に乗せました。

私「Iさん、もうあれだけ食ったんで、もう帰るのかと思いましたが。」

Hさん「何をいっちょるか、こんなに早い時間に帰って何とすんじゃ、帰って寝たら目が腐っちゃうわえ、そんなに遅くにはならんで付き合ってや。」

車は10分程で、小さなスナックが5軒並んだ横丁にすぐに着きました。
ぐずぐずしているHさんが最後で、私、Iさんの順で店に入ると、2人の女性が迎い入れます。
最後に入ってきたHさんを見て、年上の方の女性が言います。

「あら、今日入ったの、漁の方はどうだった。」

Hさん「丁度2ヶ月じゃけん、まあまあっと言う事やないか。」

横からもう一人の女性がお帰りなさいっと言って3人のグラスにビールを注ぎます。

「こちらの若い方は。」

Hさん「新人の若衆じゃけん、余り変な事は教えんといてや。」

「私はT江、こちらはママでK子姉よ、よろしく。」

ママ「でも、Hさんとの付き合いも長いわねえ、もう10年以上になるんじゃない。」

Hさん「そうよなあ、お前が結婚する前からの付き合いじゃけんな、俺一生懸命口説いたんじゃがのう。」

ママ「何が、知らん人が聞いたら本気にするがね、2階に上げてはしごをとる人が何を言いよる。」

Iさん「Hさんは、女に対してはそんなとこ有るかもなあー。」

ママ「そうよ、煮え切らない性格なの。」

Hさん「おいおい、今日は俺が酒の肴かよ。」

こんな、たあいのない話しで酒を飲んでは時を過ごすのも、明日、明後日の2日間の水揚げ後、また次ぎの航海が始まるからです。

Iさんの「おい、明日は水揚げじゃけん、もう帰ろうかよ。」の言葉で船に着いたのは夜中の2時を少し回った頃でした。


11、水揚げ、出港

朝6時過ぎに帰ってきた、N君の着替えの音で目が覚めました。

私「何、今帰ってきたの。」

N君「おう、気づいたら3時を回っていたんで、どうせ帰ったって寝れないんで、さっきまで飲んでた。」

私「大丈夫かよ、これから水揚げきついんじゃない。」

N君「平気、平気、いつもの事よ。」

一緒に水揚げ用の防寒服に着替えて朝飯を食います。
飯は早々に済ませてデッキに行くと、冷凍長が魚層のフタを押さえている棒を外していました。
それを手伝っていると、段々と乗組員達がそろってきました。

さあ、いよいよ水揚げが始まります。
格好と言うと防寒帽に防寒服、そして防寒手袋に防寒靴です。
その重さと言ったら大変です。
冷凍長が何やら片手で持つような木槌を持ってきました。

私「この木槌は何に使う物なの。」

N君「そうか、Rは水揚げは始めてだったんだ、これは、沖で魚層がいっぱいになってカツオの冷凍が終わると、機械場のポンプでブライン(海水に塩を溶けるだけ入れた物)を引張るんだけど、余り冷凍機で冷やしすぎると、さすがのブラインも部分的に凍っちゃう訳よ、そうなるとブラインを引張っても部分的にブラインがそのまま残ってカツオ同士がひっついちゃう訳、そこでこの木槌で叩いてはがす訳よ。」

私「なるほど、ブラインは理論的にはマイナスの21度までは凍らないって言うけどカツオの血とか海水が混じって薄くなる時も有るからなあ。」

N君「感心している場合じゃねえよ、ほら、水揚げ始まるからな。」

陸からクレーン車で吊られた、大きなシートで作られた袋が魚層の近くに下ろされました。
みんなでカツオを魚層からシートの袋に入れ始め、魚層の上部が空いてくるといよいよそこに人間が入って、シートの袋も入るようになると水揚げのピッチは速くなってきます。
ようは運動会の「タマ入れゲーム」みたいなもので、袋が上げられている間にカツオを自分のまわりに準備して置いて、袋が来たらいっせいに放り込みます。
約500KG程のカツオが1分ちょっとでいっぱいになりますが、先程のブラインでカツオがひっついていると、次ぎに袋が来るまでにカツオを準備出来ずに、はがしながら袋に入れる事となる訳で、そう言う事だと「要領が悪い奴」っと言われます。
その様に言われないように必死で木槌を振るうので、ますます疲れる訳で、別な意味で要領が悪いんです。
要領の良い人は、そのような場所には行かないんです。
もしかしたら沖でカツオを凍結している時から注意していて、カツオ同士がひっついていそうな魚層をチェックしているのかもしれません。
要領の悪い私などは、やっと一つ目の魚層の底が見えてきた時はほっとしました。

ここで状況を説明すると、デッキに魚層は12で、その他にブリッジの下に2つです。
その内の4つの魚層に4から5人の人が入って作業をしている訳です。
2台のクレーンで吊られた袋は2つで、それぞれ2つの魚層を交互に出たり入ったりしています。

からだが冷えてきた頃、S君が入って来ました。

S君「おい、交代だ、上に上がってちょっと休めや。」

デッキに上がるとHさんも交代で休んでいました。

Hさん「どうや、昨夜の酒は残っとらんじゃろうの。」

私「私はそんなに飲まなかったんで平気ですが、N君は明け方まで飲んでいたみたいなので大丈夫ですかね。」

Hさん「ああ、いつもの事じゃけん平気だろう。」

私「この調子だと今日中に終わりませんかね。」

Hさん「無理じゃなあ、いつも、翌日の10時、11時まで掛かっとる。」

5分程休んで、先ほどの魚層を揚げ終えた所で丁度昼飯になりました。
防寒服を脱いで、お決まりのカツオの刺身で飯を食います。
2杯目は茶づけで、普通のご飯茶碗なら軽く2杯分は入る食器で、塩昆布、とろろ昆布、永谷園の茶づけの素、マヨネーズ、にんにく、しょうゆ、そしてカツオを小さくちぎって乗せて熱湯をかけます。
これが美味いんだな、船に乗っておぼえた食い方です。

お昼休みはしっかり1時間です。
多分1日では終わらないっと言う事で、急がないのでしょう。
昼から4時過ぎまででデッキの12の魚層は終わりましたが、ブリッジの下の2つと舳先の凍結室だけは残ってしまいました。

防寒服を脱ぐとさっきまであれだけ疲れきってた体が軽くなって来ました。
これから銭湯に行ってさっぱりすれば、船でじっとしている訳には行かないでしょう。
銭湯を出てから、船具屋でグラスファイバーの竿、カツオ用のチャン(擬似針)を買って、次ぎに本屋で五木寛之の「朱鷺の墓」を、レコード店でカセットテープを買います。
その頃には日も沈んで暗くなってきます。
そうなるとやっぱ・・・・


翌日水揚げも順調に終わり、12時には船は餌場(生きイワシを積む所)に向けて出港しました。


12,目指すは三陸沖

三日間の水揚げを終えて船は餌場へ、乗組員の疲労は極限に達しています。
それは水揚げ作業のせいだけではなく連日の酒場通いの為です。
二日酔いで頭を抱えていれば、出港の時にいやな思いをしないですむからって言うのは考え過ぎでしょうか。

まあ、船はそんな思いも乗せながら神奈川は三浦海岸の餌場へ向けて焼津を出港しました。
二日酔いが癒える間もなく三浦海岸での餌の積み込みが始まります。
三浦海岸に到着し、沖で停泊していると2隻のボートがこちらを目指して走って来て、イワシが入ったこわり(生簀)へ案内します。

私「おい、イワシって1杯どれくらいすんだ」

N君「うーん、4-5千円って聞いてるけどな。」

私「えっ、そんなにすんの、魚屋だったらぎっしり入っても5千円はしねえぞ。」

N君「そりゃあ、おめえ死んでんのと、生きてんのとの違いよ、お前どうやって捕まえるかわってんのか。」

私「網で巻くんじゃないの。」

N君「まあ、巻くって言えば巻くのかな、実際は定置網って言う漁法だ、何百メートルもある立網の最後に壷のような網がついていて、立網に沿って泳いできたイワシが最後の壷網に入って来るんだが、それを直径7-8メートルのこわり(生簀)に入れて、狭いカツオ船の魚層でも壁にぶつからないように、そして乾燥餌を食べれるようにまでして、やっとカツオ船の餌として売れるんだからなあ。」

私「はあ、結構大変なんだ、所でここは何処じゃ、結構にぎやかなとこじゃん。」

N君「おう、三浦海岸っと言う海水浴場だ、今日は日曜だから観光客も多いな。」

我々が合羽を着て餌の積み込みをしていると、若いカップルが貸しボートで近寄ってきました。

女の子「ねえ、このお船って何をやっているの?」

若い男「さあな、あまり近づくと怒られるから向こうへ行こうか。」

っと言って離れて行きました。

S君「ちぇ、冗談じゃねえよ、ありゃあ年だって俺達と同じゃん、俺たちゃ合羽着てイワシ積みかよ。」

そんなぼやく間もなく次ぎから次ぎとバケツが手渡しでまわってきます。
バケツに入ったイワシはそーっと魚層に注がれ、時計とは反対の回り方で泳ぎ始めます。
魚層12に餌を入れるにはそんなに時間はかかりませ、又かけてはいけないのです。
こわりに入っていたスズキを貰って船は、一路三陸沖の漁場に向けて走りはじめました。

餌のイワシの世話を終わって風呂を済ませ、寝台に戻ったのは7時を回っていました。
私の寝台は機関部の人間だけの8人部屋です。
寝台の大きさはほぼ畳1枚分で、上下2段ベットの様になっています。
足元の方には幅50センチ位の小さな物入れがあり、その他に高さ80センチ、幅50センチ位の物入れに、大事な私物をすべて収めなければなりません。
っといっても大した物があるわけじゃなし、何とか収まるものです。
寝る準備をしてから、サロン(食堂)に行くと爺さんが何やらやっています。

私「爺さん何をやってんの。」

爺さん「ビンチョウ用のチャン(擬似針)を作ろうと思ってな。」

私「ええ、チャンを作る訳、出来んの。」

爺さん「自分で作った方が安く上がるし、さかなの食いも良いしなあ。」

私「俺にも教えてよ。」

爺さん「見てりゃ大体わかるで、後はその人のセンスじゃなあ。」

私「まあ、その大体いの所だけでも良いから教えてよ。」

爺さん「まず、この2つの小さな砥石に、釣りをはさみ込む溝と、鉛を流し込む溝を彫り込むじゃ、丁度タイヤキの型みたいなもんじゃなあ。」

私「なるほど。」

爺さん「釣りと鉛の部分が出来たら、今度は赤い鳥の羽根を結わい付け、最後に魚の皮を縛って出来あがりじゃな。」

私「でもこのチャン、でか過ぎんじゃない。」

爺さん「それはカツオ用じゃなく、ビンチョウ用じゃけんな、まあ、ぼつぼつ覚えりゃいいきにな。」

私「よっし、今度港に入ったら材料を買ってきて自分で作ってみるか。」

さて、船は三日もすりゃビンチョウ鮪の漁場、三陸沖に到着です。


13,ビンチョウ鮪「トンボ」だ。

私の足元の海から上がってきた、黒と銀色のビンチョウ鮪が頭上通って後ろの船内のデッキに落ちて行きました。
その姿は俗名「トンボ」っと言われるだけに、ワキビレは長いのですが魚体は丸々と太っています。

釣り方はカツオの釣り方とは違って、2人ひと組みで釣ります。
先輩又は力のあるものが船の舳先(へさき)側です。
それぞれの竿の先から伸びたナイロン糸が途中で一本になって、その先にビンチョウ用のチャン(擬似餌)が付きます。

私とのコンビはN君です、N君は上手にチャンを水面で躍らせます。
すると、カツオ竿よりも硬い竿が急にしなり、N君は竿を立て直しにかかります。
船がまだ惰性で止まっていないので、魚はどうしても船の後ろよりに流されます。
N君が魚を2人の間まで引きずってこないと私の出番はないのです。
N君は15から20kgもある魚を歯を食いしばって、2人の間に引きずり込みました。
私も竿を立て、竿の尻手を左足の付け根に押し付け、N君の掛け声を待ちます。
「せえーの」の掛け声で、両手で持った竿をありったけの力でしぼりあげます。
重い!竿はすでに頭の後ろまで上がってます、しかし魚はやっと船のまわりの位置まで上がった程度です。
更に体を後ろにしならせると、魚は我々の体すれすれの所を漁体を震わせながら飛んで行きます。
N君の竿の動きに合わせながら、5本程釣上げると魚の食いが渋くなってきました。
N君は私が持っていた竿を取ると2本の竿をひとまとめにしてしまいにかかります、餌釣に切りかえるようです。

餌釣になると私とM君の餌運びは忙しくなります。
船の舳先から2メートル間隔である小さな餌桶に、餌の生きイワシを配って回らなければならないからです。

配られたイワシは、擬似針ではない普通の返しが付いた3センチ程の釣りに掛けられ、ビンチョウ鮪を誘います。
それまで擬似針には見向きもしなかったビンチョウ鮪がすぐに食い付きました。
しかし、釣りが小さいために、このまま引き上げる事が出来ません。
そこで隣で準備していた人間が、竹ざおに付いたカギでひっかけ、引き上げます。

私も餌を配り終えたので、N君の隣に戻ってカギを持って構えます。
それまでは、N君の餌針に食ったビンチョウは、その隣のNIさんが上げてくれていました。

そのNIさんに珍事が起こりました。
持っていたカギ竿のカギの部分が丁度水面すれすれだったのでしょう。
オッチョコチョイの魚もいたもんです。
そうなんです、魚が餌針ではない、カギ竿のカギに直接食らい付いてきたのです。
さすがのNIさんも突然の出来事に大笑いです。

餌釣もそんなに長くは続きません、20分程で4トンのビンチョウ鮪が釣り上がりました。
魚の片付けも早々に、波が当たらない表の倉庫の入り口の所で次ぎのナブラが見つかるまで待機します。
このビンチョウ時期は「しけ」とのたたかいです。
船が風下に向かっている時は良いのですが、風上に向かうと大きな波に船が突き刺さります。
ナブラが見つかるまで、この倉庫の影で待機していれば良いのですが、ナブラが見つかると、餌飼いのS君は大変です。
まだ、船が風上に向かって走っている最中でも、舳先に立ってイワシを放らなければならないからです。
先ほどからエンジンの回転が上がったので、どうも又ナブラのようです。
回転が上がって20分程すると、ブリッジの上のマイクが「近いぞ。」っと告げました。

S君「おおっと、来たか、誰だハンドル(舵)持っているのは、来たならもっとエンジンの回転を下げろってんだ。」

ってぼやきながらも、倉庫の影を出て表に向かいました。
我々は倉庫の影から表を見ると、S君は始めから所定の飼い桶の所には行かないで、表のマストに登っています。
我々も波の状況を見ながら、表のマストに登ります。
船の進行方向に鳥が飛んでいるのが見えます、ナブラはどうもトリヤマのようです。
ナブラが近くなってくるとS君は誰よりも早くマストから離れて飼い桶のある所に行って、いつでも餌が放れる準備をします。

船の速力が落ちてナブラが近づき、マイクから例の「放ってみよ」の指示が出ました。
さあ又魚との格闘です。


14、歌の文句じゃないけれど

三陸事業(ビンチョウ鮪)はシケとの闘いです。

朝起きると、若衆は朝飯前の仕事で,イワシの餌やりから始まります。
今日も朝からシケでイワシに餌をやるのにオモテに行くのにも大変です。

若衆以外はすでにブリッジの上に登って双眼鏡でナブラを探しています。
若衆がブリッジの前の階段を降りはじめると、船はゆっくりと向きを変えました。
風が向風から横風に変わったのを確認して、イワシの死に物の除去と乾燥餌を手際よく与えます。
うかうかしていると船が向きを変え、オモテからの波で流され怪我でもしたら大変です。
イワシの残り量の割合に、ビンチョウが少ないのが気がかりです。



 

 

 

 

続く