1)出港「大丈夫かよ」

マグロ船に乗るきっかけは焼津のスナックのママからの電話でした。

「良い船があるからすぐ来なさいよ」の電話で翌日、少しばかりの着替えを持って焼津に向かいました。
焼津はカツオ船で入港したので知らない町ではありません。
 しかし、私が乗る船はマグロ船と言う事、マグロ船は水産高校の実習船で経験したくらいで、他は何も知りません。
 焼津に着くとちょっと小太りのやり手のママが笑顔で迎えてくれました。
話を聞くと、その船は高知の船らしく、今日は餌のイカ、サンマ、サバなど、漁業資材の仕込みをやっている最中との事でした。
 私は機関長(チーフエンジニア)のAさんと1等機関士(ファーストエンジニア)のSさんに紹介されました、どうも私は2等機関士(セコンドエンジニア)のようです。
 その日は機関部の部品等の仕込みのチェックだけで、早々でおわり夕方から出航宴会です。

 その当時は焼津もまだ入港船も多く活気があり、飲み屋街の魚河岸、浜町などもにぎわっておりました。
夕方、会社の会計から仕込み金を借ります。仕込み金では酒、タバコ、手袋、作業服、夜食のカップメンなどを買います。

会計さん「どれくらい欲しいの」
私「皆さんは、どれくらいですか」
会計さん「人によって違うけど20から30万円位かな」
私「それじゃ20万でお願いします」
会計さん「ん、それくらいで納めるようにしたほうが良いぞ、後で清算の時分け前から引かれるんだからな、中には借りた金を飲み代に使ってしまって、仕込みを付けでやって出て行くやつがいるが、漁がなければ反対に金をかえしてもらうようになるからな」
「おいおい大丈夫かよ」心の中でつぶやく

宴会はちょっとさびれた旅館の畳の間でした。早めに着いて座っていると他の乗組員も次々とやってきます。
中には見た目「ヤクザヤさん」がいたりして「おいおい、あさってから20人男の世界、大丈夫かよ」と心の中でつぶやいてしまいます。
それでも、酒を飲んで良い気分。家を出てから1日目は終わります。
明日は個人の仕込みで、あさっては出航です。また「大丈夫かよ」とつぶやきます。

個人の仕込みと言っても何をどれくらい買ったら良いのかまったくわかりません。
同県人のひとつ年上のBさんに教えてもらいます。
私「あのう、タバコはどのくらい持ったら」
Bさん「そうだなー、先航海は13ヶ月だから、それで計算できるだろう。足りなかったら外地でも買えるが、やはり日本のタバコを吸いたくなるので余計目に買った方が良いぞ」
私「13ヶ月ですか」
Bさん「年々航海が長くなっているので15ヶ月くらいと思っていれば間違いはない」
私「外地ですか、外地はどこに入るんですかね」
Bさん「先航海と同じだとすれば、ケニヤ、南アフリカ、オーストラリアあたりかな」 

Bさんは中学を出てすぐ船乗りになったそうで、だいぶ経験も豊富で、言葉は良くありませんが親切に教えてくれます。
仕込みも取りあえず終えて、その晩機関部の宴会という事で3-4件をはしごして帰りは12時を過ぎていました。
家を出て2日目は知らないうちに過ぎてました。
いよいよ今日の10時には出航かよ。また「大丈夫かよ」と言って眠りに着きました。

さあ、出航の朝です。
機関長がエンジンを始動させます、長い航海の始まりです。
また、この港に帰ってきてエンジンを止められるのはいつのことか。
機関長が気を使ってくれて、「デッキに出て見送りの人たちに手でも振ってこい」といってくれるのでBさんたちとデッキに行きます。
私の見送りは、ちょっと小太りのママさんと店の女の子達です。
手を振りながら「このママさん、俺を紹介してどれくらい紹介料を貰ったんだろう」などと考えてしまいます。
船は岸壁を離れて、見送りの紙テープもほとんど切れ2-3本を残すだけで、最後の1本がなかなか切れません。テープを2本3本とつないで伸ばしているようで、なんか見ているほうがつらいので、早く切れてほしいと思ったのは私だけでしょうか。 それまで、ペンキが塗ってあったので余り気にしませんでしたが、この船結構古いようでペンキの切れ目から錆が見えました。また「大丈夫かよ」と言いながらも船は確実に日本から離れて行きます、家を出てから3日目の昭和50年12月10日の水曜日の事でした。


2、さあ商売の始まりです

静岡の焼津を出港して船はケニヤ沖のソマリア漁場に向かってひたすら走ります。
まわりは、青い空と青い海、そして雲だけです。
航海中はそれぞれの当直があり、そして、漁場に着くまで漁具の整備と準備があります。
漁具の整備などは、ほとんど午前中で終わります。当直がなければ自由時間でマージャンをしたり、夜間の当直に備えて酒を飲んで寝る人もいます。操業が始まるまでののどかな時間です。
 さて、それはベテランの人のことで、私を含めたマグロ船素人3人衆は、早速口の悪いBさん指導の元
ブラン繰りの練習です。
Bさん「先航海は素人は二人でもかなり苦労した、今回は三人なので先が思いやられるよ、ほら、しっかり練習して商売(操業)が始まるまで、人の足を引っ張らないようにしてくれよな!」っと言ってブランを投げてよこします。
これがまた難しい、水産高校の実習船で少しはやりましたが、手にスナップを握って釣、枝縄を海に流します。
これを短時間で輪にしなければなりませんが、なかなかきれいに輪になってくれません、輪が大きかったり小さかったり、八の字になったりしてしまいまいます。
「ばかやろう、こんなブランじゃ、すぐもつれになってしまうだろう、それにそんなにゆっくりやられたんじゃ日が暮れちゃまわあ。」Bさんの激が飛びます。
「いいか、商売が始まったら3人でこのブラン繰りをやるんだ、ブランは次ぎから次ぎと上がってくるんだ、誰も手伝ってくれないんだからな」

そうこうしながらも、いよいよ明日から操業が始まります。
初めての投縄はみんなでやるそうで、明日の朝午前4時に作業は始まります。
夕飯が終わって、明日からの操業について先輩の部屋に行っていろいろ教えてもらいます。
「いいか、この漁場は長物(カジキ類)が多くて、キハダ、ビンチョウそしてサメだ、サメのヒレは帰ってからの俺達のこづかいになるからな」Bさんが言います。
「あのう値段の高い鮪は来ないんですか」鮪船初めてのN君が聞きます。
「鮪はこの漁場が終わって南にくだってケープの方に行ってからだ、しばらくはここで量を稼いでおかないと、ケープの方へ行くと一日10本もくれば良い方でひどいときは一本も来ない日も有るからな、そして、寒くて、しける(天候が悪い)ここは暑いけどな。まあ明日から頑張るんだなあ」

翌朝4時に船内ベルがけたたましく鳴り響きました。私は目覚ましを30分前にかけて寝たので余裕を持って準備が出来ました。
準備を終えてトモ(船尾)に行くとボースンと冷凍長が来ていて餌のサバをばらしているところでした。私も手伝いますが段取りがわからず聞いてばかりです。そうこうしているうちにみんなも出てきて着々準備が進みます、この船の方式は当時では古い式のリール式で、油圧で回転する巨大な横4メートル、直径2メートルもあるドラムを使用する方式です。
ドラムにはいっぱい幹縄が巻かれています、その端を引っ張ってきて一番トモ側に有る繰り出し機と言う機械に掛けます。
まず、始めはラジオブイが、それに先ほどの幹縄の端が連結されます。
ブリッジの方から船頭がきて「オーイ準備が良ければそろそろやるぜよ」
ボースンが「こっちはいいぜよ、合図があれば始めるきに」
船頭「よっしゃ」と言ってブリッジに戻り間もなく合図のベルが鳴りました。

さあ!いよいよ商売の始まりです。


3、投縄

ブリッジからのベルの合図で投縄は始まりました。
これから、7mmの幹縄を100キロも仕掛けて行くのです。

作業は、幹縄にブランのスナップを掛ける人。
そのブランの釣に餌のサンマやサバを掛けて放る人。
ブランや浮ひもをスローコンベヤーに乗せる人。
餌やブラン、ランプの下準備する人などの五人で行われます。

まず、7本ブランが行って8本目で浮玉が行きます。
それを1枚と数えます、20枚目でバッテリーが入ったランプ(浮標)が投入されます。
ランプが3個行くと4個目にはラジオブイが行きます。
そのタイミングは正確なインターバルで鳴らされる「ブー」と「ピー」と言う音に合わせて行われます。

今日は初回なので人がいっぱい居ますが、明日からは5人でやらなければなりません。
先輩達はそれぞれ交代で一通りまわり終わると、われわれ素人三人衆にもBさんからお声がかかります。
「ほらーおまえ達も客じゃないんだから代わってもらってやりな、いいかスナップ掛けは音に会わせて掛けてやれば良いが、ブラン放りは気をつけろ」
「まず、遠くに放ること、でないとプロペラの渦に巻き込まれてもつれになるからな、ただ余り力を入れすぎると餌が切れるから加減しろ」
うむ、難しそう。
どうも、このブラン放りが投縄の中では一番難しそうです。
まず、ブランに引っ掛けてある釣をはずして、左手で餌を持ち右手で持った釣に掛けます。
餌を掛けたら左手にブラン(枝縄)を右手で餌のついた釣を遠くに放ります。
理想的には、釣、ワイヤー、サルカン(ヨリ戻し)枝縄(ロープ部)の順番で行けば良いのですが、それがなかなか難しい。
一番最後に行くべきロープ部がワイヤーに巻き込まれて、それこそ「グジャ」っと言う感じでもつれになります。
そうすると、すかさずBさんから激が飛びます。
「いいか、餌をつけて左手でブランをひっくり返すときに、ただひっくり返すんじゃなくてこうするんだ。」と言って積まれたトランプを斜めに崩すようにブランを左手でひっくり返して見せます。
なるほど、うまいもんだ。
感心している場合ではありません。インターバルのブザーの音に追いつかないのです。
向かい側でスナップを掛けているTさんが、すでにブザーがなってスナップを掛けたところを手で持っています。
私が放っているブランが半分しか行ってないのでスナップを掛けた幹縄を離せないでいるのです。
そのまま、ブランを放るとまたBさんから激が「こらー、途中まで行ったらサルカンを持って、2回に分けて放るようにするんだ、でないと上げ縄のときにもつれて上がってくるんだからな。お前が放った所覚えておいて、もつれが上がってきたらお前に渡すからな」
なんだかんだ言われながらも、私の番は終わりました。
次ぎはN君の番です。
やはり私と同じで、もつれ、遅れで文句を言われています。
しばらくすると「さわるな」と言う大きな声で振り向くとN君が余り強く釣を放りすぎたので餌が外れて、釣だけが自分の後ろの船のヘリに引っかかっています。
その釣をはずそうとして釣に手を掛けようとした所です。
すでにスナップは海の中、船は走りブランは張ってきます。
ボースン(甲板長)が飛んできてペンチの大きなやつでワイヤーの部分を切ると「プシュン」と言う感じで飛んで行きます。
今度はボースンからN君に「いいか、こうゆう場合は絶対に手で持っちゃいかんぜよ、手にでも引っかかったら縄と一緒に海の中に沈むしかないんだからな」
N君も神妙に聞いています。

さて、そんなこんなしているうちに、幹縄がいっぱい巻いてあったリールも残り少なくなってきて「ガラガラ」と言う音がしてきました。
最後にビニール製の大きな玉が行けば投縄もおしまいです。

Bさん「おい、4時間もしたら揚げ縄が始まるから早く寝な」
N君「揚げ縄はあのビニールの玉から上げ始めるんですか」
Bさん「うん、大体はそうだ、でもたまには一番始めに入れた所まで戻って揚げ始めることもあるんだ。それは船頭が決めることで、あまりないけどいな」

まあ、初めての投縄も無事に終わり、機関室で当直をしていた機関長も出てきました。
これから、揚げ縄が始まるまでは機関長と船長以外は睡眠の時間です。


4、揚げ縄

船内ベルがけたたましく鳴り響いて
さあ、初めての揚げ縄の始まりです。
ブリッチで船長が最後に投入した、例のビニールの大玉に船をゆっくり近づけて行きます。
それを、長い竹のカギを持って引っ掛け幹縄を船の縁についているサイドローラーをかえして、ラインホーラー(揚げ縄機)に掛けます。
そうするとしぶきと一緒に幹縄、スナップのついたブラン(枝縄)、そして浮縄が次々と揚がってきます。

 作業は踊り場(ブランを輪にする所)に3人、ラインホーラーの操作に1人、ラインホーラーの所で幹縄からスナップを外す人が1人、輪にされたブランと浮きひもを束ねる人が1人、揚がってきた幹縄を巻き取るリールの操作に1人、基本的には7人で作業は行われます。
やはり、始めは先輩達から始まりました。
ひさしぶりの商売いで若干追われ気味の先輩もいます。
輪にされたブランを束ねる人に「ファイト、ファイト」と冷やかされています。
 ラインホーラーのハンドルを持っている人は真剣そのもので、水面から現れる幹縄を見ながら、たまにサイドローラーとラインホーラーの間の幹縄の張り具合を手でたたいて確認しています。
 幹縄をリールに巻き取る操作を担当している人も真剣です。
 交代は浮が10個(10枚)揚がったらです。
一通り先輩達が終わるとまたBさんからお呼びがかかります。
「小さいことはこれから少しずつ覚えるとして、絶対にやっちゃいけないことを言うから聞いておけ」
「幹縄にブランが絡んできたら気をつけろ、へたに手を出すと釣に引っかかって、そのままラインホーラーに巻き込まれるのがせきのやまだからな」
「それからブランを繰っていてそれに魚が食っているのが途中でわかったら、すぐ人に言ってトッタリ(スナップが付いた長い縄で魚が逃げようとして走っても余裕もたせるもの)を付けて貰うんだ」
「後はラインホーラーから来た輪になった縄に絶対に手を入れては駄目だからな、あのリールは一応は安全装置がついてはいるがすぐには止まらないから、体ごと持っていかれるからな、さあ、お前達も回ってきな」

始めは新人N君、高校は出たかどうかわかりませんがペンキ屋の経験あり19歳、結構しっかりしています。
がやっぱり追われています、まあ始めは仕方がないと思いますが。
そんな、他人事ではありません、いよいよ私の番で何とかN君よりは少しはましと言う程度です。
釣に餌のサバがそのままついてきて重く輪にする所ではありません。
先輩達の釣には付いていません??
良く見ていると、はじめに少ししゃくっているようです、私も真似てしゃくると強すぎたようで釣が私達のところまで飛んできました。
すかさずBさんが「こら、人を殺すつもりか、しゃくるのは10年はえや」
 これはどうもしばらくは追われながらがまんしなければいけないようです、汗だくになって輪にしていると、私の後にブランをかわしに行ったTさんが大きな声で「ほら、トッタリだー」っと叫びます。
そうすると順番待ちで仕事のなかった人達もみんな舷門(魚を船に引きずり込む所で、船の右舷デッキにある)に集まってきます。
 まず、一番海に近いところがTさんで、その後ろにもう1人が、その両脇に長い竹のカギを持った人が二人、その脇にはモリを持った人が構えます。
Tさんが言います「こいつはまだ食ったばかりだぞ、走るかもしんねえぞ」っと言ったとたん魚は走り始めてブランのスナップはすでに海の中でトッタリの縄も次々と延びて行きます。
Tさんが「おいおい、あまり走らないでくれよ、もう軍手が切れちゃたよ」っと言っています。
そこで機械場のナンバンが「変わりましょう」と言って後ろに付きました、そうするとTさんは「まったく生きてる長物にはかなわねんよ」と言ってブランですれて切れた軍手をぬいで見せます。
ナンバンは慎重に魚を手繰り寄せて行きます。
ブランのスナップが見えてきました、だいぶ魚も弱ってきたみたいです。
モリを構えているBさんが「なんか黒いな、クロカワか?」と言っています。
魚も力尽きて姿を現します、すかさずカギがかけられ掛け声にあわせて船に引き上げられました。
Bさんが言った通り3メートルほどのクロカワカジキです。
カケヤ(木槌の大きなやつ)で頭をたたき止めを刺します、ツノと尻尾が切られ、エラが抜かれて手際良く凍結室に放り込まれました。
揚げ縄も順調に進み、その後サメやバショウカジキ、キハダマグロなどが立て続けに揚がりました。
最後のラジオブイが揚がり本日の揚げ縄も無事終了です。
揚げ始めてから、ほぼ12時間でした。


5、補給地 モンバサ

日本を出てからそろそろ60日になります。
野菜も残りが少なくなってきたようで、食卓にのぼる回数が少なくなってきました。

Bさん「コック長 ビタミンCが切れてきたよ、手がしびれて仕方ないよ」

コック長「ウソをつけ、殺しても死なんやつが何を言いよるか、切れたのは酒のほうじゃなかっとか」

Bさん「そんなこといわねえで、船頭に頼んでくれよ、コック長が野菜が切れたって言えば決まりよ」

コック長「わかった、わかった、後で言ってみるきに」

そうです、補給のタイミングは野菜の在庫量で決まります。
一番先に無くなるのは野菜なのです。
補給ではその他の食料、水、燃料油、後は乗組員の休養です。

私「Bさん、補給ってどこに入るんですか」

Bさん「モンバサだよ、何にもねえとこだ。まあここでは土産の木彫りでも買っておくんだな」

私「Bさんは前に入った事があるんですか」

Bさん「おう、前の航海に入ったんだ、飲み屋はカルフォルニアって言う所が1ヶ所でプール付のなかなか立派な店だ。」

私「へーこんな所にですか。」

Bさん「現地に住んでいる外人や、俺達みたいな船乗り相手で、現地人が来れるような所じゃないな、ところで俺たち機械場の人間には入港中でもワッチ(当直)があるんだからな、普段仕事でみんなの足を引っ張っているんだから、少しは気を利かして俺の分もとりますぐらいは言えよな。」

私「・・・・」
  
船長がブリッチから出てきて、今日の揚げ縄が終わったら補給でモンバサに向かうとみんなに報告しています、入港予定は明後日の朝との事で、急にみんなの顔も明るくなったようです、順調に揚げ縄も終了し、船はモンバサに向けて走り始めました。


入港当日、自然にみんなブリッジに集まってきました。
船頭が「先航海もバスを借りてみんなでケニアの自然国立公園にいったけえが、どうかのう、この航海も初めての人もおるようだし、行ってみたいと思っちょるが、何人ぐらい行けるかのう、後でええきに、わしんとこまで言ってきてくれや」

最終的にはケニア動物見学ツアーは15人参加、マイクロバス2台で行く事になったようです。
そうこうしているうちに、水平線に蜃気楼のような陸地らしきものが見えてきました。

私「Bさん、いよいよでね」

Bさん「あわてるな、入港前に税関とか、検疫とか入港手続きがあるから実際に上陸できるのは昼近くになるな」

やはり上陸の許可が出たのは、丁度コック長がめしの知らせをした直後でした。
昼食を済ませて、次の当直の確認をし機関部の人たちと一緒に出かけました。
船から陸に渡るとしばらくぶりに「陸地って動かないんだ」っと言う当たり前の言葉がでます。
長い航海は始めてのN君はよほど感激したみたいで「ゆれない、ゆれない」を連発しています。
岸壁を歩いて行くと金網が張ってあるゲートが見えてきました。
警察みたいな制服を着た黒人が立っています。

Bさん「おい、あれに金を渡せばピストルを撃たせてくれるぞ」
私「そうですか」っと言っただけでした。

手を上げて挨拶をすると、向こうも「ハーイ」っと言って手を上げて通してくれます。
しばらく歩いて行くと2−3人の黒人が立っていました。
どうも今日は日本の船が入ると言う事で、道端に動物の木彫りを並べてわれわれを待っていたようです。
片言の日本語で「シカ」とか「キリン」とか説明してくれます。

Bさん「おい、今買わなくてもいいんだからな、先に行くぞ」
黒人達と別れて歩いて行くと少しにぎやかな町らしき所が見えてきました。
建物は2階建てはなくすべて平屋で、強い太陽をさけて、地べたにへばりついているように見えます。
通りを歩いている人もまばらで、気温の高い日中は家の中でじっとしているようです。

私「Bさんここが一番の繁華街ですか。」

Bさん「そうだ、そんなに大きな町じゃないぞ、それよりここのエビは美味いんだ、そこの店でエビを食うぞ」

と言うと店の外にもイスを置いたレストランに入って行きました。
人数分のエビと飲み物を注文すると店から出てきて「おい、そこのイスに座って待っていよう、暑い中で唐辛子のスパイスが効いたエビは美味いぞ」
しばらくするとケチャップと唐辛子で味付けされた山盛りのエビが出てきました。
私「これって、殻つきですね、殻のまま食べるんですか。」

Bさん「好きなようにすればいい、普通はむいて食うけどな」

っと言うと手で口の周りにケチャップをつけながら食い始めました。
上品に構えていたファースト(一等機関士)もむしゃぶりついています。
炎天下で汗だくになりながら辛いエビを食っている日本人を現地の人達はどう見ているんでしょうか。

とりあえず各自それぞれの皿のエビを食い終えて、若干ビールも入って満足の様子です。

Bさん「とりあえず一度船に帰って、夜になったらもう一度出なおすか。」

私「ぬ・・・私はワッチが」

Bさん「あ、そうか、セコンド(2等機関士)は夜はワッチか、まあ明日もあるからいいんじゃないの、もう少し遊びたいんだったら遊んできてもいいけどな。」

私「それじゃN君ともう少し見てから帰りますよ。」

Bさん「わかった、機関長には俺から言っておく。あまり遅くならないようにな」

っといってもそんなに見るところもなく結局1時間ほどウロウロしただけで帰りかけると、メガネをかけた日本で言えば中学生位の少年が私達に話しかけてきました。

「マスター、マスター、マリファナ、安いよ」っと言うと葉っぱを乾燥させて5センチ位に束ねたマリファナらしきものを私達に見せました。
我々にとっては、それが日本では禁止されている麻薬の種類と言うくらいで知識もなく、N君と顔を見合わせていると少年は自分のズボンの裾を上げて靴下にそれを挟み込んで、これでゲートを通り抜けられると説明しているみたいです。

ノーサンキューっと言って、別れて船に帰ってからその事をBさんに言うと
「それで、正解だ、前にほかの船の奴がゲートで見つかって、取調べで1週間位出港がのびたことがある。みんなに迷惑がかかるからな」   
私とN君「うむ、うむ。」

私は夕方の6時から12時までワッチです。
ワッチと言っても1時間に1回機関場に行って補機(発電機)と冷凍機の機関日誌を付けるくらいで、ほかの時間はサロンでビデオを見ていてもOKです。

翌日は、例の船頭企画の「ケニア動物見学ツアー」でした。
マイクロバス2台に分乗し、朝から出発です。
バスは町を通り過ぎて、まわりは見渡す限り草原と言う様になってきました。
たまに、テレビで見たことのある、頭に大きな壷をのせた黒人の女性がゆっくりバスの脇を歩いているのが見えます。

このバスツアーはすべてをまわるとすれば、3日かかるそうで、それを1日でまわる短縮型にしてあるそうです。
どこからが公園なのかわからないまま、ガイドの黒人が「ゼブラ、ゼブラ」と言って指を指します。
もう公園に入っているようです。見える動物と言えばキリン、ゾウ、さきほどのシマウマ、その他、小動物位でライオンなどはなかなか見られないそうです。
昼食は公園の真中に位置するそうで、小高い丘にあるロッジでとります。
バイキング方式で、色とりどりの野菜が印象的です。
船頭がみんなの皿に「ほら、船ではこんなに贅沢に野菜はくえんぜよ」っと言って野菜を乗せています。

客は我々の他に白人数人のグループだけでゆっくり食事が出来ました。
食事を終えて、午後も公園内を車でまわり水辺の小動物や池の中のカバなどをみて船に無事着いたのは夕方4時頃でした。

今晩は機械場のワッチもないのでみんなと飲みに行きます。
例のカルフォルニアです。生バンドが入っていてビートルズの曲をウェーターにリクエストしますが通じません。
Bさんが隣で聞いていて、ウェーターに少し話し掛けるとウェーターは指で輪を作りOKと言いました。
やはり場慣れしています、中学高校で習った英語は通じません。
そんなこともありビールをたらふく飲みすぎて
翌朝は二日酔いで頭がもうろうとしています。
明日の朝には出港なので、例の木彫りを買おうとNくんと出かけました。
木彫りの大きさは60センチから10センチくらいまであり、キリン、シカがあります。
私は大きいキリンとシカのカップルをセットで買うことで安く買うことが出来ました。
さあ、これで明日は出港です。


6、ここまできたら

エンジンは定格回転数で順調に運転されています。
朝6時にナンバン(操機長)と交代して、空調の効いたワッチルームでボーっと椅子に座っています。
2ヶ月ほど前に船は静岡の焼津を出港して、南シナ海、マラッカ海峡を通りインド洋に抜けて、アフリカのソマリア沖で30回ほど操業をしました。
そして、ケニアのモンバサで1回目の補給を行い、昨日また漁場に向けて航海中です。
焼津を出るときは何ともなかったんですが、憂鬱なんです。
補給に行く前にBさんが「こんな漁じゃいつ帰れるかわかんねえな」っと言った言葉が頭のどこかに残っていたみたいで、それも憂鬱の原因の一つなんでしょう。
デッキでの作業はまだ一丁前ではないにしろ、何とか迷惑を掛けないようになってきました。
今まで仕事に追われて考える時間もありませんでした。
それが、ここにきて補給とかでちょっと時間が出来たのが良くなかったのでしょうか。
ワッチルームにあるセイコーの船舶用の時計を見上げると7時をさしています。
1時間ごとに記帳する機関日誌を付けなければなりません。
内容は主機(プロペラを回すエンジン)捕機(発電機を回すエンジン)では冷却水温度や潤滑油の圧力等エンジンの故障を早期に発見するものです。
冷凍機では冷凍機の冷却水温度や潤滑油の圧力の他に、鮪の入った漁倉の温度も付けます。
15分程で記帳を終えてまた椅子に座ります。
いつもは機械場の汚れているところの清掃など、やるべきことはあるのですが、何にもする気が起きません。
結局だらだらした状態でワッチも交代の時間になってしまいました。
交代してデッキに出ると、丁度甲板のワッチを終わったチョッサ(1等航海士)がブリッジから降りてきました。

チョッサ「おう、セコンド補給のモンバサは良い事もあったか」

私「はい、木彫りの土産は買いました。」

チョッサ「土産は、まだまだいろいろな港に入るのでその時でも買えるからな」

私「チョッサ、これからの予定はどんな予定になってるんですか。」

チョッサ「さあな、それは船頭も今はわからんと思うぞ。」

私「えっ、船頭もわかんないんですか。」

チョッサ「多分このソマリア沖をもう少し稼いで、南に下ってケープ沖までは決定しているんじゃないかな。その後東に走ってオーストラリアへ向かうか、西に走ってニューヨークの北、ハリファックス沖まで走るかどちらかだと思うんだが」

私「オーストラリアかニューヨークですか、今回のモンバサに比べたらどちらも都会ですよね」

チョッサ「その前に入る南アフリカのダーバンやケープタウンもモンバサに比べたら大都会だ」

私「チョッサはみんな前に入ったことがあるんですか」

チョッサ「おう、みんな入ったことがあるな、オーストラリアはパースのキングスパーク、シドニーのオペラハウスがきれいだったな。」

私「ケープタウンはどうなんですか。」

チョッサ「南アフリカは元々はイギリスの植民地だったんだ、中国人は永住権があるが日本人は永住権は貰えないんだ、しかし扱いは白人扱いだ。」

私「白人扱いって何ですか。」

チョッサ「まあ、入ってみればわかるが肌の色で乗り物やレストランなどが違うんだ、独立しても白人が重要な役職を牛耳っている事に変わりはなかったっと言う事かな。」



私「ところで、チョッサいつ頃になったら帰れるんですか。」

チョッサ「なんだ、セコンドもう帰りたくなったのか」

私「いや、私としては鮪船初めてで何にもわからなくて・・・」

チョッサ「セコンドもう ここまできたらあきらめな、それより2ヶ月に1回ぐらい外地に入るわけだから、それを楽しみに頑張るんだな、シーメンスクラブに行けば電話も掛けれるしな」

私「そ,そうですよね、チョッサ今度外地に入るとき一緒に面白い所へ連れていってくださいよ」

チョッサ「おう、まかしとけ」

私「もう、ここまできたら やるきゃないか」

 


7、おー♪エメロン♪

投縄、揚げ縄もう大分慣れてきました。
しかし、作業の順番が終わったからと言って、調子に乗って先輩達と雑談などをしているとBさんからお叱りを受けます。

Bさん「こらあ、ブラン繰りがそこそこ出来るようになったからって調子にのんじゃねえ、まだまだおぼえてもらわなきゃなんねえことがいっぱいあるんだからな、例えば魚の出刃の入れ方やラインホーラーのハンドル持ちなんかだが、おう、そうだ次ぎの交代でラインホーラーのハンドルやってみな。」

私「Bさん、私で大丈夫ですかね、釣りに鮪がついているのに、それをわからないで巻いたら、魚が切れてしまいますよね。」

Bさん「大丈夫だ、その前に他の人が教えてくれるよ。 いいか、まずハンドルを持ったらラインホーラーの音に注意するんだ、魚が付いていて重くなると音が高くなってくる。後は普通ブランは幹縄に引きずられて揚がってくるが、たまにたるんだ状態で揚がってくることがある、それは魚が食ったばかりで泳いでいるからたるんでいるので、その時はすぐにブラン繰りの人に知らせてトッタリを付けるんだ。走られるとやっかいだからな。ほら、わかったら代わってもらえ。」

Bさんに背中をたたかれてラインホーラーのハンドルを持っているTさんの所にいきます。

私「Tさん代わってください。」

Tさん「おう、やってみるか。いいか、ハンドルは普段は軽く持っているだけでいいんだ、縄が重くなってきたらハンドルを少し下にさげるんだ、そうすると回転がゆっくりになるから、止めたいときはがっちりしたまで下げると止まるからな。」

私「はい、わかりました。」

Tさんから代わってから、目は水面から出てくる幹縄やブランに釘付けです。
代わってから10分ほどすると音はそんなに変わりませんが、今までは水面から直線的だった幹縄が少しブランに引っ張られて直線ではありません。
すぐにラインホーラーのハンドルを少し下に押しながら揚げ縄のスピードをおさえてブラン繰りのMさんに言いました。

私「Mさん、何かブランに付いているようです。」

Mさん「よっしゃ、よくわかったな、任せとけ」

っといってトッタリを付けて舷門(魚を船に引き込む所)の方へ持っていきました。
舷門で待っていたYさんがブランをひきついで取り込みにはいります。
魚は生きてはいないみたいで、順調に上がってきています。
魚が揚がるまでは、揚げ縄も先には進めないので私はラインホーラーのハンドルをいっぱいに押し下げて魚が上がる様子を見ています。
ブリッチから操船していた船長が声をかけます。

船長「セコンドよくわかったな、はじめにしては上で出来だ。」

などと言われてるうちに魚、80キロぐらいのバチ鮪が揚がりました。
結局、私がハンドルを持って揚がったのはこのバチとカジキ、サメでした。
ラインホーラーのハンドルを交代してから、魚から内臓やエラを取り出しているMさんの所に行きます。
Mさんは手際よくエラと内臓を一緒に取り出して、カマの部分の皮も丁寧に剥いでいます。
これは、凍結の際に体内の熱が放出しやすいようにとの事だそうです。
私は、そばに落ちているエラと内臓を手カギで捨てようとして持ち上げると

Mさん「ちょっと待った、おれは時間があると、この胃袋を裂いてみるんだ、どんなものを食っているかと思ってな」

っと言うと胃袋に包丁を入れます。
中から出てきたのは何とシャンプーの空容器です。
この漁場には他の鮪船も操業をしており、不幸にもこのバチは捨てられたシャンプーの空容器を餌と間違えて食ったようです。

Mさん「この魚は結局、釣られてよかったよ、でないと便秘で苦しんで死ぬのが関の山だったからな」

おー♪エメロン♪ 


8、エサ放棄

商売も順調に進んで、操業回数も100回を超えました。
もうすぐ2回目の補給の噂があり乗組員の顔も生き生きしています。

私「Bさん、そろそろ補給みたいですね」

Bさん「おう、ここはしけることがなくて、連チャンで商売が出来たからな、今朝さかな移し(凍結庫で凍結した鮪を貯蔵用の魚槽に移すこと)に行ったらだいぶカメ(魚槽)もいっぱいになってたなあー」

私「え!、もうカメ(魚槽)がいっぱい、じゃあ帰れるんですか。」

Bさん「あのね、俺がいっぱいって言ったのはそう言う意味じゃなくて出港の時に積んだエサが、まだいっぱい残っていて魚を入れるスペースがなくなってきているっと言う事。」

私「じゃ、これからどうするんですか。」

後ろで聞いていた冷凍長が話しに入ってきました。

冷凍長「セコンド(私の職名セコンドエンジニア)、エサを捨てるほかねえジャン」

私「エサを捨てるんですか」

Bさん「エサ放棄だ、冷凍長捨てるのはいつ頃になる。」

冷凍長「多分あと2〜3回商売をやったら補給だと思うけど、そのときじゃないか」

Bさん「よし、コック長に言って塩を貰ってこう」

冷凍長「何すんだよ」

Bさん「へへ、イカの塩辛よ」

私「Bさん、こう言うエサの放棄って言うような事って結構あるんですか。」

Bさん「へん、単なる船頭の計算違いじゃねえか」

冷凍長「おいおい、Bよ、余り無責任な事言うな、まず、この航海はこのソマリアで、ある程度量を稼いでおいて、後は漁獲の少ないケープの方で値段の高い鮪を獲る予定だ、これが反対にエサが足りなくて他の船から貰うような事なら最低だぜ。」

私「ふーむ、航海は順調っと.....」

翌日、そろそろ揚げ縄が終わると言うときに、ブリッジから船頭が揚げ終わったらモンバサに補給に、そして明日エサを捨てる事も一緒に言いました。

翌朝、10時頃冷凍長と助手が、起きている人間だけに手伝って欲しい旨を伝えてまわっています。
Bさんは待ってましたといわんばかりに出て行きました。

エサの放棄は必要最低限で行われました、この後、漁の方が良くなければ反対にエサが足りなくなるからです。

Bさんは早速、捨てられるエサの中から、イカを3ケースキープしました。
1ケースに20匹位入っているので全部で60匹です。

冷凍長「Bよ、そんなに作ってなんとすんじゃ」

Bさん「みやげよ、みやげ」

冷凍長「おう、あのスナックのママさんにか、お前もまめじゃのう」

塩辛は始めイカを開いて炎天下の中、6時間位乾燥し、水分を飛ばした後に、小さく刻んで、取ってあったイカの肝と塩と一緒に大きなガラスの容器に入れられました。
そして、温度が一定していると言う理由で機械場の監視室(空調が効いている)の配電板の裏に置かれました。
その塩辛が無事スナックのママさんに届いたかはわかりません。
ただ、Bさんが「誰だ塩辛盗み食いしてんのは」って怒っているのを聞いた事があります。


9,まぐろ様こんにちは m(__)m

2度目の補給も無事に終えて、船はモンバサを後に南アフリカの更なる南側、そうですケープタウン沖の漁場に向かっているのです。
出港してから3日間休んで、今日から漁具の交換の作業が始まりました。
値段がそう高くない魚とはいえ、順調にカメ(魚槽)もいっぱいになり、船頭も上機嫌です。
作業は枝縄と浮縄を、今までの使っていた長いものから短いものへ取りかえる作業です。

私「Bさん、こんなに短い浮縄や枝縄で大丈夫なんですか」

Bさん「うれしいだろう、こんだけ短ければ、もうブラン繰りに追われることもなくなるしな」

私「いや、私はこんなに短くて値段の高い鮪が食ってくるのかと」

Bさん「さあ、それは鮪に聞いてみないとわかんねが、鮪は浅い所にいると言われているからな、それより今まではシケもなくて、もつれも無かったが、これからは寒いし、もつればかりだからな」

私「もつれって」

Bさん「ひどい時は、ブランがスナップのところから釣先まできれいに幹縄に巻いて来るんだ。それが1本2本じゃなく100枚や200枚続くことがあるんだ」

私「100枚や200枚って言うとブランで500本や1000本ですか」

Bさん「そうよ、もうそうなると仕事にならないので、そのままデッキに積んでおいて、全部縄を揚げおわってからもつれ解きよ」

私「何でそんな事になるんですか」

Bさん「潮の流れが不規則で縄にたるんだところが出来て、もつれが起きるって言われているが、よくわからん」

私「なんか大変そうですね」

Bさん「それでもな魚が来ればいいが、釣りを1700本も入れてぜんぜん鮪が来ないときもあるんだからな」

私「え!ぜんぜんですか、1700匹のサバやイカを餌にしても、ぜんぜん来なけりゃ意味がないんじゃないですか」

Bさん「1700匹じゃないのよ、正確に言うと縄は350枚使うんだ、1枚は5本の釣りだから1750本になるな、実際は5本のうち1本はこのイカの擬似餌(ビニールでイカに似せて作られたもの)が使われるので350枚かける4本だから1600本だな」

私「それでも1600匹ですか、餌がすぐなくなってしまうんじゃないですか」

Bさん「そうなったら擬似餌の本数を1本から2本に増やすんだ、そうすると1050本で済むからな、そうなったらみじめなもんよ」

私「そうですよね、でもあんなに船頭も上機嫌なんで大丈夫ですよ」

そんな話しをしながら、作業は1日で終わり、明後日からいよいよ商売再開です。
位置的にはダーバンの沖合いから始めて、数ヶ月かけてだんだんケープタウンの沖合まで南下していくようです。
今日あたりから少し気温が下がってきたようで、昨日まで半袖だったのが今日は長袖です。
何かモンバサ沖の「暑い暑い」と言いながらの作業と違い緊張感がわいてきます。

さあ、いよいよミナミマグロ始めての商売の開始です。
早速、私はブラン繰りから始めます。
「む、ブランが短い」これじゃブラン繰りで追われる心配はなさそうです。
っと思っていると早速Bさんいから注意が入ります。

Bさん「短いと言う事はスナップをはずさないとすぐに釣りも飛んでくると言うことだからな」

なるほど、確かにその通り、本船ではまだ釣りに引っかかる事故はまだ起きていませんが、先輩達の話しでは引っかかってそのままラインホーラーに巻き込まれたと言う話を聞いていました。

ブランを輪にして次ぎのブランを輪にしようと手に持ったとき、なんかちょっと重いようです。

私「Bさん、これちょっと重いですよ」

と言ってBさんに渡しました。

Bさん「こりゃ、鮪じゃないな」

っと言いながら揚げて行くと、付いて来たのは70-80センチのビンチョウ鮪でした。
私の後に回っていたMさんのブランにも何か付いているみたいで舷門の方にブランを持ってきました。
Bさんは、それも受け取って引き揚げはじめました。

Bさん「おう、こりゃ本物みたいだぞ」

まわりでは、モリを構えるもの、カギを出すもの、それぞれ準備します。
まだ、食ったばっかりで元気よく泳ぎ回っています。
しばらくして、魚も疲れたようでだんだん上に上がってきました。
水面に顔を出した瞬間に4本のカギがかけられ船に引きずり込まれました。
揚がって来たのは80キロ位あるマグロです。
確かに今までモンバサ沖で揚がってきていたバチマグロやキハダマグロとは体型やヒレの長さ、目の大きさなどちょっと違うようです。

私「Bさん、これがマグロですか」

Bさん「おう、これよ、これ、これが毎日10本も来ればいいんだけどな」

私「これ1本でどれ位するんですか」

Bさん「キロ、2000-3000円とすると、16−24万円だな」

私「16−24万円ですか、これが毎日10本とすると160−240万円、10日で1600−2400万円になりますね」

Bさん「バッキャロー、毎日そんなに来るわけねえだろう」

っと言う通りで、その日来たマグロはその1本だけでした。
でもとりあえずマグロに挨拶は出来ました。

まぐろ様こんにちはm(__)mです。


10、「交差」そして「もつれ」

ケニアの沖、ソマリアの漁場からスタートしたこの航海も順調に進み、漁場を南アフリカの東沖に変えて操業を始めました。
ここは、ソマリアと比べて気温も低く何日もシケが続きます。
いくら値段の高いさかなをとるためとは言え、だんだん乗組員の顔からも笑顔が消えて行きます。
それに、今日は揚げ始めからもつればかりが続いています。
今も、大きなサメが5枚位のもつれを持って揚がったばかりです。
作業の順番待ちの人達がもつれ解きに掛かっていますが、先に揚がったもつれがまだ解けないうちに次々と揚がってくるので、ボースンが前のもつれと混じらないようにシートをかぶせながら次ぎのもつれを乗せて行きます。
私はブラン繰りの作業の順番になったので交代に行くと、ブリッジから船頭が船の先の方を指差して何か言っています。

船頭「ありゃやっぱり交差だわ、おーいみんな同じ高知の船の縄じゃけん切らんようかわしてや」

私「Bさん交差ってなんですか。」

Bさん「船の先のほうをよく見てみろ、どうだ本船の浮と色が違うだろう、あれは他の船の浮だ,多分この先の縄は他の船の縄ともつれてるんだろうな」

やはりその通りで、縄を巻いて行くと、その他の船の浮きも一緒に巻き上がってきました。
Bさんはその縄や浮き縄などを切らないように、丁寧にかわしてゆきます。
交差が一段落ついてから、それを後ろの方で見ていたボースンが

ボースン「Bよ、おまえにしちゃめずらしく馬鹿丁寧だったじゃないか」

Bさん「今朝、投縄が終わったときに船頭が土佐の**丸が近くで商売しているって言ってたんで、あれには俺の友達が乗ってるんでな、後で変な事を言われんのもいやだからよ」

ボースン「そうだよな、中にはひでえ奴が居てよ、面倒なんで他の船の縄をのこぎりを使って、いかにも縄同士がすれたように見せかけてはいるが、よく見るとのこぎりの跡だってわかるだ。ひでえもんだよ」

そんな話しをしていると、急にラインホーラーの音が静かになりました。

Bさん「何だ、今度は縄切れかよ、おいすぐブリッジの上に行って浮を探すんだ」

私「縄切れて、次ぎの浮を探せばいいんですね、でもこんな夜中で見つかりますかね」

Bさん「まあ一応はサーチライト(3KW)が二つあるが、ある程度探して見つからなければ次ぎのラジオブイに走るんじゃないかな、たしか、さっき残り100枚のランプが上がったんで、次ぎはラジオブイなはずだから」

Bさんの後についてブリッジの上にぼていきます。
MさんとTさんがサーチライトを操作して水面を照らしています。
真っ暗な水面がサーチライトの光でわずかに浮き上がります。
デッキで作業しているときはあまり気にはならなかったんですが、思ったより風は冷たくビニール手袋の上に綿の軍手を付けた手は濡れてしまっていて、だんだん感度がなくなって来ました。
船は縄が切れて揚がった場所から風下を行ったり来たりし、1時間ほど付近を探しましたが見つかりません。
船は間もなくラジオブイに向けて走り始めました。
そうするとみんなサロン(食堂)でコーヒーなどを飲んで、つかの間の休憩をとり、冷えた体を温めます。

私「Bさん、揚げ始めてもそろそろ12時間になりますね、あとどれ位かかるんですかね」

Bさん「そうよな、あと100枚は残っているから、順調に行ったとしても3時間はかかるんじゃないか」

私「あと3時間ですか、そうすると揚げ終わりは午前3時ですね、私明日投縄の番なんですよ。普通投縄は4時からだから間は1時間しかありませんね、こりゃ明日は休みですよね。」

Bさん「さあな、それは船頭が決めることで俺にゃわかんねえな」

さすがのBさんも疲れているようで口数が少なくなっています、 30分位すると作業開始のベルが鳴りました、いつものベルより鳴ってる時間が短く、ベルを押す船頭の気持ちが感じられます。
そんな船頭の気持ちなど関係なく、風は強く、波は荒く吹き荒れています。
ラジオブイは直に見つかり、始めはブイから手前の縄を上げるので、先の縄はブイを付けたままにしておきます。
手前の縄は10枚程ですぐ揚げ終わりました、揚がってきた縄の切れ口は完全に縄同士がすれた跡がありました。
船は先ほどのラジオブイに向かい、その後更に再度縄切れがあり、最終的に全部揚げ終えたのは午前の3時で15時間かかった事になります。

私「Bさん本当に投縄やるんですかね」

Bさん「取り合えず急いで風呂に入って、準備しとくんだな」

まず、揚げ縄で着ていた作業服を洗濯機に放り込んで、風呂に入ります。
風呂は海水で、捕機(発電機駆動用エンジン)の冷却水を浴槽に配管しています。
ケニアの沖では温度が十分高かったんですが、南に下ってきてからは温度が低いのでヒーターを入れています。
体が温まったら、造水機で作った清水で体を流します。
取り合えず、揚げ縄で着る服を準備して寝台に横になります。
もし、投縄をやるとすれば30分位でベルが鳴るでしょう。投縄が4時から8時でその後4時間の仮眠後また揚げ縄が始まるのです。
そんな、ひどいこと船頭がさせないでしょう。
早く寝付けるように枕もとのウイスキーを一口飲んで、また横になると同室のN君が着替えを取りに入ってきました。
気を使って静かに出て行きました。
さっき飲んだウイスキーが効いてきたみたいで、ちょっと良い気持ちです。
体が沈んで行く感じです。
その時船内ベルがけたたましく鳴り響きました。

  もう船頭は鬼だー


11,いよいよケープタウン

ケニア沖の漁場から、このケープ沖の漁場に来てから早2ヶ月近くになります。
その間の漁獲数量はミナミ鮪が20トン足らず、その他、雑物で2トン位になります
船頭としては最低でもこの倍の数量が欲しい所でしょう。
漁が少ないので適水(適度な水温の略?、を求めて漁場を移動するために商売を休むこと)が多くなってきました。
それでも、漁獲高は伸びなくて、船内に重い雰囲気が漂い始めています。
昔、船内で殺人事件などがあったと聞きますが、こう言う雰囲気良くありません。

ボースン「こりゃ、補給でも行って、厄払いでもせにゃマグロも来やせんぞ」

船頭「そうよな、わしもまいっちょるぜよ」

ボースン「他の船の衆はどんなが」

船頭「わしらと、似たようなもんじゃ」

Bさん「おう、船頭、ケープ行って厄払いしようぜ、マグロは時期的にちょっと早すぎるよ」

ボースン「どうやら、Bの言うとおりにしたほうが良いみたいじゃのう。」

船頭「よしゃ、今日揚げ終わったらもう1回ケープ寄りに縄を入れたら補給じゃ」

Bさん「なんだい、もう1回やんのか」

ボースン「Bよ、本当はもう10回でも15回でもやって補給なんだからな」

っと言う感じでケープ補給は決まりました。

私「Bさん、いよいよケープですね」

Bさん「っけ、思いっきりの悪い船頭だよ、だからマグロが来ねんだよ」

私「まあ、まあ、Bさんはケープは何度か行ってるんでしょう。」

Bさん「8回くらいだな」

私「又今度、一緒に連れて行ってくださいよ。」

Bさん「おう、まかしとけ、でもケープは物騒だから気をつけろ、前に**丸の船頭がタクシーに乗ったら、山の上まで連れて行かれて金を盗られて放り出されたことがあったからな、みっともねえ話しよ。」

私「そうですか、1人じゃタクシーは乗れませんね。」

Bさん「それに、飲み屋は「ディスコ」と言う店と「リド」と言う店があるが、これ以外の店には行かない方が安全だぞ、ケープには韓国のマグロ船も入るから、数年前に日本人と韓国人の出刃を持っての喧嘩があったからな」

私「原因はなんだったんですか」

Bさん「やめときゃいいのに、女に連れられて韓国人がよく行く店に行って、眼を付けた付けられたで喧嘩になった、1度女に止められて船には戻ったが、腹の虫がおさまんねえってんで、出刃を持って出かけ相手を刺したらしい、結局、強制送還だな。」

私「なんか怖くて上陸できませんね。」

Bさん「大丈夫だって、さっき言った店で飲んでいる分には問題はないよ。」

そうこう言っている内に本日の揚げ縄は終わりました。
明日はBさんが投縄の番なので急いで風呂に行こうとしてると、ブリッジから船頭がBさんに向かってなにかを言っています。

船頭「Bよ、明日の揚げ縄は投縄の入れ始めのところまで戻るから、その順番でランプとかブイの準備をしてくれよ。」

Bさん「おう、わかったよ。」

私「Bさん、どう言う事ですか。」

Bさん「明日の投縄は多分ケープの方に向かって入れて行くんだ、揚げ終わったらケープに向かうわけだから、揚げ縄は投縄の入れ始めに戻って揚げ始めればいくらかでもケープに近づくって事よ。」

私「あ、なるほどね、いつもはラジオブイやランプを始めに入れていたけど、今回は最後に入れるって事ですね。」

Bさん「そう言う事。」

そう言うとBさんは急いで風呂の方へ行ってしまいました。
さあ、もう1回の操業で、いよいよケープタウンです。


12、ケープタウン入港

水平線から頂上が平らな山が見えてきました。
そうです、テーブルマウンテンです、今日そのケープタウンに入港です。
ブリッジには朝からみんなが集まって、前に入った時の話や、これからの話で盛り上がっています。

船頭「Bよ、おんしはケープは何回めぞ」

Bさん「9回目かな」

船頭「それじゃ、待ってる女もおるんじゃろ」

Bさん「さあな、先航海までは居ったけんが」

船頭「まあ、間違いのないよう帰ってきてや」

Bさん「おりゃ、ワッチがあるけん、時間にゃ帰ってこんと他の人に迷惑をかけるようになるんで、ちゃんと帰ってくるけんが、甲板の衆はワッチがないけん船に帰ってくるのを忘れんようにゆうといってや」

船頭「そうよな、先航海Tさんは港に着いたとたんにオンナんとこに入りびたりで出港まで帰ってこんかったでな、よう出港の日が分かったもんよな」

そんな話をしているときにTさんがやってきました。

Tさん「なんや、わしの事ば話してたがかね。」

船頭「そうよ、先航海Tさんが船に帰ってこんきにみんなで心配したこつば話してたがよ」

Tさん「なんも心配するこつありゃせんて、たまに陸(おか)に揚がった時くらいは好きにせんとな」

船頭「まあ、Tさんのことだで心配はせんが、外国での事じゃけん何があっても不思議じゃないでな、気を付けてや」

そうなんです、甲板の人達には港に入ってしまえば仕事がないのです。
それに比べて機関部ではワッチ(当直)があって、入港中(大体3日間)でもゆっくり遊んではいれないのです。
取り合えず機関部のワッチの順番も決まって、船は港に入って行きます。
税関の方も簡単な書類審査だけで上陸許可が出ました。
甲板のTさんなどは早速船長から入港中のこづかいを借りて、上陸して行きました。
今回、機関部のワッチは機関長が気をつかって初めに取ってくれる事になっているので、今晩は遊びに行けます。

私「Bさん我々はどうしますかね。」

Bさん「風呂にはいって準備ができたら出かけるぞ。」

っと言うわけで時間は8時、時間も丁度っと言う事でBさん、私、N君の三人でいそいそと上がって行きます。
沖でのきつい仕事のウップンをこの時とばかりに発散させます。
着いたのは「リド」です、そんなにきれいな店ではありません。
日本人は我々の船の人間だけで、他は地元の男性達です。
Bさんが席に着くとウェイターを呼びます、スパイ大作戦に出てきた黒人に似た男性がやってきました。

Bさん「リキ、人数分のウィスキーとコーラを持ってきてくれ。」

リキ「ハーイ」

と言って手を上げました。

私「Bさん、知ってるんですか。」

Bさん「おう、ケープに来るたびに会ってるからな。」

私「リキって本名ですか。」

Bさん「日本人が付けたみたいだ、力持ちなんでリキって事かな」

店は薄暗く中央には踊り場があり、その先に生バンドが入っています。
まだ、20代の半ばの若い5人組のバンドです、リキが来たのでバンドにリクエスト頼むと、自分で頼めと言います。
踊り場で踊っている男や女をかき分けてバンドのそばに行きます。
ボーカルの長髪の男が歌いながら、何か用かってい言いたげな目でこっちを見ています。
曲の合間にビートルズが出来るか聞くとOKって言うので「ミッシェル」をリクエストすると、日本のスキヤキソングも出来るぞって言うので、じゃそれもやってくれってたのみます。
席に着くと早速「ミッシェル」の演奏が始まりました、ちょっとオーバーアクションで甘ったるい歌い方です。
この曲は、オリジナルを忠実に再現して欲しかったのですが、しかし、次ぎのスキヤキソングは良い。
英語バージョンで、坂本九の日本語バージョンと違った哀愁があります。
ホールはチークタイムに変わっていました。

ウイスキーのボトルが空いたのでBさんが次ぎの店に誘っています。
次ぎの店「ディスコ」は2−3分歩いただけですぐに着きました。
さっきの「リド」とは違って店も新しく広さも倍位あります。
やはりバンドが入っていますが、平均年齢がさっきの「リド」のバンドより高く服装もちゃんと揃いのジャケットです。
先に上陸したTさんや他の乗組員もここで飲んでいました、かなり飲んでいるみたいで、時間も10時を過ぎています。
私はさっきの店のほうが気に入っていたので、Bさんにその旨伝え、N君を誘いましたが、結局N君は残り私1人だけ「リド」に戻りました。
リキが寄ってきて黙って私に水割りをくれました。
時間も12時近くになるとさすがに客も少なくなってきました、客はほとんど歌や演奏は聞いていません。
バンドの近くに行ってボーカルの名前を聞いてみました、そうすると「セドリック」って答えました。
リードギター担当は「サニー」、ベースが「クラウン」っと言います。
果たして、単なる偶然か、日本人が車の名前を教えたのか、聞くことが出来ませんでした。

店の後片付けをしていたリキが寄ってきて、ボスが店が片付いたら飯を食いに行くが一緒に行かないかと言います。
さて、船で物騒な話も聞いたのでちょっと考えてしまいましたが、リキも悪い人間には思えずOKと返事を返しました。
10分程すると片付けも終わり、リキと一緒にボスのベンツに乗り込みました。
ちょっと身構えていましたが着いた店は想像したような立派なレストランではなく、どちらかと言うと食堂と言ったほうがいい明るい店でした。
そのボスが向かい側に座って、初めて相手の顔を見る事が出来ました。
人のよさそうな60歳位の白人でした、私に何を食べたいか聞いてきます。
私はウィスキーを結構飲んだので、余り食欲がないと言うと、店のウェイトレスがラーメンがあるって言います。
私は船でYさんから、ケープでラーメンを出されたときに麺とスープが別々に出てきた話を聞いていたので、麺とスープは一緒の器でっと言ったらウェイトレスは笑顔でウィンクを返してきました。
食事も30分位で終わり、ボスがまだ飲みたいなら他の店に連れて行くが行くかって言いましたが、今夜はもう帰って休みたいって言うとうなずいてタクシーを呼んでくれました。
船に帰ると私が一番早かったようで、まだ誰も帰っていませんでした。
機関長がサロンで日本から送ってきたビデオ番組を見ていたので、一緒にビデオを見て、挨拶をしてから寝台に横になりました、ケープタウンの初日は終わりました。

翌日は、11月に出港してから7ヶ月間、何の連絡もしていない家に電話をしに「シーメンスクラブ」に行きます。
この手の施設は日本でもそうですが、余りきれいなところはありません。
床は板張りで絵葉書などが陳列してあります、電話を借りる旨伝えて電話をすると丁度親父が出ました。
こちらは変わりなく心配はいらない事だけを伝えて電話を切りましたが、あとで母親にも代わってもらった方が良かったのではと気になりました。
まあ、2ヶ月に1回くらいは入港するので次ぎにすればいいと自分を納得(結局、本航海で電話をしたのはケープだけだった)させてシーメンスクラブを出ました。

結局、ケープタウンは二日目の晩は当直で、三日目はまた「リド」に飲みに行き土産を買うこともなく三日間の補給は無事に終わりました。


13,エンジントラブル

ケープタウンの補給も無事に終えて、今日は揚げ始めから、立て続けにマグロが4本揚がりました。
商売の方も心機一転みんな張りきっています。
そのような時に、機械場でワッチを取っていたファーストエンジニア(1等機関士)が慌てた様子で出てきました。

ファースト「おいセコンド(私のこと)、冷凍機の様子がおかしいんで、俺は機関長を呼んで来るから、他の機関部員も呼んで機械場で待っていてくれや」

私「わかりました」

私「Bさん、冷凍機の様子がおかしいみたいなので機械場に集合です」

Bさんに話していると他の部員も集まってきて機械場に向かいます。
間もなく機関長、ファーストもやってきて状況の説明が機関長からありました。

機関長「ファーストが冷凍機を始動しようとしたら変な音がしたのですぐに停止して、確認したらオイルが入っている所が水でいっぱいだった、多分オイルクーラーに穴が開いてそこから入ったんだろう、幸いすぐに止めてくれたんで大きな影響はないと思うが、さしあたって冷凍機の開放清掃とオイルクーラーの交換をするんで手伝ってくれ」

ファースト「冷凍機の開放清掃とかオイルクーラーの交換はなんちゅう事はないが、もし水が魚層の方までまわっていれば厄介なことになりかねないな」

Bさん「セコンドどう言うこった」

私「ああ、ファーストが言ったのは冷凍機の開放清掃とかオイルクーラーの交換はみんなで作業をすれば何とかなりますが、冷凍機の中に入った水がもし魚層の冷却コイルに入ったとするとどうなると思います。」

Bさん「魚層のコイルに、そりゃ凍るわなあー」

私「そうなんです、コイルの中で水は小さい氷になってコイルを塞いでしまうんです、そうなると魚層を冷やすことは出来なくなって、マグロは腐ってしまいますね」

Bさん「おいおい、そりゃ大変じゃん」

機関長「ここでそんなことを心配しても仕方がないんで、まず冷凍機の掃除とオイルクーラーの交換をやるぞ」

ファースト「セコンド部品庫に行ってオイルクーラーのコイルの予備を持ってきてくれ」

私「はい、すぐに持ってきます」

機関長「ファースト、俺は船頭にこの件を話してくる、そして局長(無線通信士)に頼んで会社と連絡を取ってもらって乾燥剤(シリカゲル)の手配もしてもらうようにするよ」

ファースト「わかった、俺達は冷凍機をばらしておくよ」

私が部品庫に向かうとBさんも付いてきました。

Bさん「セコンド俺も付き合うよ、ところで乾燥剤って言ってたけど何に使うんだ」

私「乾燥剤は普段でも使われているんです、ほら冷凍機室の前の方にある小さいドラムがあるじゃないですか、あれにシリカゲルが入ってるんですよ、魚層のなどの低温になる系統内に水分が混入すると水分が凍結して詰まって冷やせなくなるから乾燥剤を使って水分を除去するんですよ、普段は大量に水分が混入することもないので乾燥剤の予備は船には積んでいないんですよ」

Bさん「なるほどね、でも本当に詰まってくるのか」

私「さあ、ファーストはすぐに停止したって言ってますが、魚層のコイルの中は他の冷凍機で吸引しているんで真空に近い状態なんですよ、片やオイルクーラーの冷却水は1キロ位の圧力が掛かっているわけですから、ちょっとの間でも魚層のコイルに水が吸い込まれて行ったと思いますがね」

っと話しながら部品庫でオイルクーラーのコイルの予備を探し出して急いで機械場に戻ります。
機械場に戻ると、問題と思われたオイルクーラーが分解されていてファーストがコイルの部分をチェックしています。

ファースト「ああ、ここだわ」

っと言って私に指差して見せます、そこは周りの部分より腐食で細くなっていて、一部分だけが特別えぐれていました。

ファースト「セコンド、Bと一緒にオイルクーラーの復旧の方をやってくれ、俺達は冷凍機をバラいてオイル交換と清掃の方をやるから」

そうしていると、機関長が戻ってきました。

機関長「一応、乾燥剤の手配と報告はしてきた、今後の件はもう少し時間がたたんとわからんって言っちょいた」

ファースト「やっぱりオイルクーラーに穴があいちょった、そっちはセコンドにやってもらっちょる、わしらは冷凍機の方をやるけん」

機関長「たのむで、まだ詰まってはいないみたいだな」

っと言って冷媒(フロン)が魚層のほうに入っていく弁(膨張弁)の方を見ています。

3時間位して交換と清掃もほとんど終わりに近づいてきました。

機関長「おいおい、やっぱり詰まってきたで、みんな監視室に入ってくれ、ちょっとこれからの打ち合わせをするで」

ファースト「やっぱり、面倒なことになったな」

この時は、後々そんなに深刻な状態になるとは誰も思ってはいませんでした。


14,続 エンジントラブル

冷凍施設は機械場に有る膨張弁(低圧部分と高圧部分の仕切り弁と思ってください、開閉はサーモスタットで自動調整されます。)から始まって、魚層を通って戻ってくるコイル(冷却器)の冷凍機の入り口までが低圧部です。
これは冷凍機で吸引されることにより、ほぼ真空近くになります。
通常、水は100度で蒸発しますが、富士山では気圧が低いので100度より低い温度で蒸発します。
冷凍機はこの原理を利用しており、真空近くまでにすることにより、冷媒のフレオンはかなりの低温でも蒸発します。
蒸発する際に魚層内から気化熱(これは注射をする際に腕にアルコールを塗ると冷たく感じるのは腕からアルコールが気化熱を奪って蒸発するからです。)を奪いますので魚層内はマイナス60度位まで冷やすことが出来るのです。
また、冷凍機(いわゆるコンプレッサー)の出口から出た高温高圧のガスはコンデンサー(凝縮器)に導かれ海水の冷却水で冷やされることにより液体になりレシーバー(受液器)にストックされます。
そして膨張弁へのひとつのサイクルが出来あがるのです。

さて、今回、冷凍機の冷却水が低圧部のコイルまで侵入したのですから大変です。
機械場のワッチルームで打ち合わせが始まっています。

機関長「ファーストはこう言う経験はあるかね。」

ファースト「わしゃ ありゃせんが」

機関長「まあ、多分他のもんもないと思う、それじゃ俺が岡にいるときに冷凍機の整備をやっている所に手伝いに行った時に覚えた方法でやってみよう、セコンドそこの壁に貼ってある冷凍施設の配管図を取ってくれ」

私「はい」

機関長「まず、本船に有る銅パイプを全部集めるんだ、その銅パイプで冷凍機の出口からの高温高圧のガスを、詰まった系統の膨張弁を外して、そこから魚層のコイルに入れてやるんだ。」

私「なるほど、高温高圧だから、低圧部の詰まりなんかすぐに吹き飛ばしてしまいますね。」

機関長「冷凍機の整備を職業にしている奴らがやっているんだから間違いはないだろう。」

ファースト「そうすると、今詰まっているのは、こことここだから最低でも銅パイプは2本は必要になるな、確か部品庫に新しいやつが一巻有ったと思ったが、他はつなぎ合わせて使うようになるんで、ジョイントも一緒に集めるんだな」

手分けして必要な部品は集められました、始めは冷却パイプに液封の状態になっているフレオンの液を冷凍機に吸わせなければならないので銅パイプは冷凍機の吸入側に繋がれました。

機関長「いいか、始めは本当に少しづつ開けていかないと、冷凍機が液圧縮を起こして壊れてしまうからな、始めだけは十分注意してくれ。」

っと言いながら少しづつバルブを開けて行きます、そうすると銅パイプが段々白くなってきました。

機関長「調子いいぞ、こんな感じでコイルの中に詰まっている液を蒸発させながら回収するんだ、銅パイプに付いている霜が溶け出したら、もう蒸発する液がなくなってきたということだからな」

私「なるほど、完全にガスまで回収してからですね、高圧ガスを入れてやるのは」

機関長「そうだ、霜がとけてから30分位を目安にしてくれ、ファーストそっちの方はどうだ。」

ファースト「こっちは、今吸い始めたばかりよ、それよっか他の系統が詰まり出したぜよ」

機関長「あっちゃー、この調子じゃまだまだ他も詰まりだしそうだな」

ファースト「セコンド、もうそろそろ30分になるきに銅パイプを出口側に繋ぎなおそうか」

私「はい、すぐ繋ぎ換えます、換え終わったらバルプを開けて良いですか」

機関長「今度はバルブを空けるときは一気に開けるんだ」

私「わかりました、それじゃ開けますよ、」

私が開けると機関長は熱い銅パイプに手をつけて様子を見ています。

機関長「よしよし、このまま行ってくれよ。冷たくならないでくれよ」

Bさん「セコンド、機関長は何をやってるんだ」

私「良いですか、高圧ガスで、詰まった所を吹き飛ばせれば高圧ガスは詰まることなく冷凍機に吸われるんで銅パイプは熱いままで、もし高圧ガスで突破出来なければ、又液が詰まってパイプは冷えてくるって事です。」

Bさん「成るほど、どれどれ、ん、そんなに熱くないんじゃないの」

機関長「そうなんだな、どうも一回じゃ通せないみたいだな、こうなったら2度3度とこれを繰り返すしかないな

そう言った時です、プッシュっと音がして又ガスが流れ始めました。

機関長「よっし、これは行けるぞ」

っと言ったのもつかの間で、5分ほどしたら又詰まってしまいました。
こんなことが1週間も続いて、最終的に4系統がどうしても通じません。この魚槽の温度もマイナス60度まで冷えて居ましたが現在は40度まで上がっています。
そんな時に機関長から又集合がかけられました。

機関長「みんなに良くやってもらっているが、どうも今のやりかたでは限界がある、デッキの連中にも手伝ってもらって魚槽の魚を詰まっていない魚槽に移して、一回温度を上げよう、そいうすれば氷もとけて水分として乾燥剤に回収できるからな、この件は今朝船頭には話してあるかな」

ファースト「やっぱりその方法しかないよな、じゃけんが乾燥剤の予備はないけんがなんとするが」

機関長「今日、揚げ縄が終わったらラスパルマスに走る、会社からの手配でラスパルマスに乾燥剤の準備は出来てるはずじゃ、それと窒素ガスも頼んでおいた、今のやり方では10キロまでしか圧力をかけられないが、窒素だったらその3倍はかけられるからな」

翌日、全員総出でマグロの移動が始められました、せっかく冷凍長が1本1本丁寧に積み上げたマグロを別の魚槽に移します。1日かけて2番の魚槽が空になり、温度もマイナス10度位まで上がってきました。

機関長「もう少しだな、温度が0度まで上がったら高圧ガスを送るからな、準備をしておいてくれ」

温度が0度になり高圧ガスが送られました、いままでどうしても通らなかったのが嘘のように開通しました。

機関長「やっぱりな、温度を上げなきゃ駄目だったのか、ガスはしばらく通して置くからな」

ラスパルマスに入るまでの3日間は魚移動に費やされました。
デッキの人間からはこんなことばかりやっていたんじゃ魚が悪くなってしまうっと言うような話が出てきました。
いつも明るい機関長もさすがに疲れているようで大分参っています。

機関長「前に北海道の船で同じような故障があって、デッキの人間からの避難で海に飛び込んで行方不明になった機関長がいたが、その気持ちが良くわかるな」

ファースト「おいおい機関長あんまり変なことは考えないようにな」

機関長「いや、俺は大丈夫だ、ラスパルマスに入って乾燥剤と窒素ガスさえあれば何とかなると思っているからな」

そんなことで、明日はカナリヤ諸島のラスパルマス入港です。


15、ラスパルマス 緊急入港

ケープタウンを出港してまだ30日足らずですが、冷凍機のトラブルで資材調達のためにラスパルマスに緊急入港となりました。
ラスパルマスはアフリカ大陸の西側に位置し、スペイン領でハワイのような観光地です。
日本とは昔から大手水産会社のトロール船の基地としてなじみの深い所です。
ですから酒場の名前も日本の地名が多いんです。
今回の補給は資材調達の緊急入港なのでラスパルマス滞在は1泊2日となります。

早速Bさんと上陸します。

私「Bさん、なぜ緊急入港がケープタウンじゃなくラスパルマスなんですかね」

Bさん「バカダネー、お前まだわかってなかったの、前にケープ沖での商売が終わったら、東に行くか西に行くかって言ってたじゃん、それが西に行くって事になったって事よ」

私「西って何処ですか」

Bさん「多分、大西洋の北側のハリファックス沖じゃないかな」

私「じゃ、また寒い所ですね、ここラスパルマスは暑いですが。」

そんな話をしながら歩いて行くと道が左に折れる道と、まっすぐなゆるい上り坂の道に分かれています。

Bさん「左は公園、まっすぐは飲み屋だ。どっちにする」

私「飲み屋はまだ早いんじゃないですか、まだ明るいわけだし。」

Bさん「だよな、よし公園に行こう。」

公園に出ている出店は革製品が多く私はベルトを買いました。
出店をひやかしながら一回りするとあたりも薄暗くなってきました。

Bさん「そろそろ、いんじゃないかえ」

私「そうですね、早く行って早く帰ればいんですね。」

Bさん「そう、うまく行くかどうかはわからんがね。」

登り坂をあがって行くと、私と同室の鮪船素人3人衆のN君が一人でいました。

Bさん「N,お前今回は贅沢できんな、少しはこっちにも回してくれよ。」

N君「そんなことないですよ、もう土産をひとつ買ったんで結構使ってしまったんですよ。」

Bさん「土産って何を買ったんだよ」

N君「ええ、ちょっとダンヒルの手彫りのライターをひとつ。」

そうなんです、N君は船内でのお遊びの相撲、野球の賭けを総取りしたんです。
掛け金が少ないお遊びですが、まとまれば大きいですね。

Bさん「そんなら、酒の1杯位おごってもいいだろう。」

N君「それじゃ、その店にでも入りますか。」

酒もそこそこ飲んで良い気持ちになって、私は明日の朝3時から当直なのでそろそろ帰らなければなりません。

私「Bさん、私ワッチなんで先に帰ってますよ。」

Bさん「おう、俺はもう少しNにご馳走になってから帰るよ。な、Nよ」

N君「ええ、え。」

私は帰って3時間ほど仮眠を取って当直に入ります。
当直といっても1時間に一回機関日誌を付ければいいだけで、他は日本から送ってきたビデオを見ていればいいのです。
6時間の当直も終わってデッキに出て行くと船頭とTさんが鳥かごを持って帰ってきました。

私「船頭それは何ですか。」

船頭「セコンド、これはここの名産のカナリアよ、なんせカナリヤ諸島って言うくらいだからな、この胸のまき毛を見やんせ、カナリヤはこのまき毛で価値が決まるんじゃ、日本の半値で買えるし、すぐそこの岸壁に売りに来てたんで、セコンドも買って来やんせ。」

私「そうですか、そんじゃ見てきましょう。」

見に行くときれいなカナリヤは少なく、一匹すずめみたいな地味な鳥がいました。
出店の親父が言うにはカナリヤの原種で、きれいなカナリヤは産卵しても卵を孵化させないが、この原種は卵の面倒を見るということで、また丈夫だというので買うことに決めました。
まあ、殺風景な船の中で生き物がいるということは良いことですから。
船に帰ると小鳥よりも、もっと大きな生き物を買って来た人がいました。
機関長です、なんと生後3-4ヶ月の子犬を買ってきたのです。

コック長「機関士よ、こいつの飯の番は誰がするがぞ、最初に言っておくがわしゃ絶対にせんからな。」

機関長「基本的にはわしがやるんじゃが、まあ仕事の関係で出来ん時があるきに、そん時は頼むぜよ。」

そんなこんなで、夕方船は乗組員と五匹のカナリヤと1匹の子犬、そして今回の入港の目的の乾燥剤と窒素ガスを乗せてカナダのハリファックス沖に向けて出港しました。


16,本マグロ ドスン

緊急入港のラスパルマスを出て、船はここハリファックスの沖の漁場に来ています。
漁槽のコイルの詰まりは、窒素ガス使用などですべて貫通しました。
これからは定期的な乾燥剤の交換だけで問題はなさそうです。
しかし、今回のことで機械場の人間とデッキの人間との間にしこりみたいなものが出来たみたいです。
機械場の人間からしてみれば故障はついてまわるもの、しかし、デッキの人間から見れば故障が起きるのは機関長の管理が悪いから、冷凍機が故障した、魚をたびたび移動させた、これが魚を買う側に知れれば買い叩かれるなどと思えるのでしょう。
まあ、直接言われたわけではないし、そんなに深刻な雰囲気までにはなっていません。

さて、ここハリファックス沖の漁場に到着して、今日はじめての商売です。
早速Bさんに、ここの漁場について聞いてみましょう。

私「Bさん、ここの漁場は来たことはあるんですか。」

Bさん「俺は、ここは初めてだ、Tが先航海来たらしいからTに聞きゃいいよ。」

私「Bさんも、知らない所もあるんですね。」

Bさん「うるせえや、とっととTの所に行きゃがれ。」

私「はいはい、Tさん教えてくださいよ。」

Tさん「ここは浅瀬って言うことは聞いてるだろう。」

私「はい、浅瀬だからケープで使ったような短いブランで商売やるんですよね。」

Tさん「いや、ただ浅いって言うわけではなくて、急なかけ上がりの岩礁がいたるところにあるから、そこで波が増幅されて大きくなる、普通波は一方方向から来るものだがここは何処から来るかわからないんだ」

私「でも、たいしたことないじゃないですか。」

Tさん「いや、今日は凪だからいいが、ちょっとしけたら大変だ、ほら、セコンド次ブラン繰りの順番じゃないか」

私「あ、はいはい。」

ブラン繰りをする踊り台(作業台)に上ろうとすると、前のM氏にマグロが来たみたいでブランを弦門で待っているTさんに渡しています。

Tさん「おう、こりゃ大きいぞ、手カギじゃ無理だからウィンチの準備だ。」

そうなんです、この船は普通のマグロ船とは違ってパイオニア型と言ってデッキの高さが高いんです。
だから100キロ以上のマグロだと、ワイヤーの先にオール鉄製のカギのついた電動のウインチを使います。
どうも魚は死んでいるみたいでスムースに上がってきます。
みんなが見守る中、水面に姿を表したのは重さは200KGは有りそうな本マグロでした。
口にカギがかけられ、ウィンチでデッキの高さまで上げられたときに口からカギが外れました。
「ドカン」という音をたててデッキにマグロが横たわります。
船の中で一番身長の高いTさんがマグロに跨りましたが、やっと足が着く大きさです。
ボースン(甲板長)が準備してあった重さを計る道具を持ってきました。
ロープのついた魚を乗せる板、それに200KGが限度のテコ式のはかりです。
船のゆれのタイミングをとりながら計ると180KGでした。
魚はこのままでは凍結庫には入らないので四つ割(三枚おろしにしたものを更に半分にすること)にされます。
Tさんが冷凍長に何か言っています。

Tさん「冷凍長、この出刃ではちょっと難しいぜ、もっと大きい出刃はないの」

冷凍長「おう、あるある、ちょっと待ってくれ。」

冷凍長が準備室からまだ使ってない、刃の長さが今までの倍はある出刃を持って出てきました。

Tさん「おう、それそれ、何だ言えば有るんじゃない。」

っといって早速、尻尾の方から出刃を入れました。

Bさん「セコンド、炊事場に行って皿とスプーンを持って来い。」

私「え、皿とスプーンですか。」

Bさん「いいから、早く行って来い」

デッキに戻ると魚は三枚下ろしになったところです。
私から皿とスプーンを受け取るとBさんは背骨に付いた身をスプーンを使って削り取り始めました。
そうです、ナカオチって言われるところで、皿はすぐに一杯になりました。

Bさん「よし、今夜の酒の肴は出来た。」

っと言って冷蔵庫に入れるため炊事場の方に入っていきました。
揚げ縄は順調に進んでいます、しかしちょっと波も高くなり風も強くなってきたみたいです。
私はそろそろワッチなので仕事の順番が一回りしたので合羽を脱いで機械場に向かいます。
ファースト(一等機関士)と交代して監視室の椅子に座ったとたんに大きな震動を伴った、今まで聞いた事のない「ドスン」っと言う大きな音がしました。


17、しけ そして 会合

「ドスン」っと言う大きな震動で本棚の本や電気式のコーヒーポットが床にころがりました。
こんなに大きな震動は経験したことがないので、取り急ぎこぼれたお湯を拭いて、機械に異常がないのを確認してからデッキへの階段を駆け登りました。
デッキではBさんが海に落ちたと大騒ぎになっていました。
ブリッジの上に登ってサーチライト(探照灯)で海を照らす者、そしてその先を探す者、船頭の顔も見えます。
サーチライトを持っているMさんに状況を聞くとかなり大きな波が前方右側から船に覆い被さって来たようで、ブリッジで操船していた船長が気づいて大声を出したと同時に波は来た模様です。
デッキにあった物はすべて船の船尾の方へ流されています。
「ぬぬ、Bさんが」
なんと、船尾の方からBさんが歩いてくるでは有りませんか。

私「Mさん、ほらBさんですよ」

Mさん「なんだ、波に流されたんじゃなかったんだ」

みんなぞろぞろブリッジの上から降りて行きます。

船頭「Bよ、無事だったんか。」

Bさん「順番が終わって、浮とブランを船尾に置きに行ったら震動で浮やらブランが崩れてたんで、それを直してたんじゃが、どうかしたが。」

船頭「もう、姿が見えんきにてっきり海に流されてしもうたと思ったがよ。」

Bさん「っけ、俺がそんなドジすっかよ。」

私はそこで当直に戻りましたが、縄はまだ100枚以上残っています。
当直は、特段故障等がなければ機関日誌の記入と交代までに決められた所を清掃するくらいなので、デッキで仕事をするよりかは体力的にはかなり楽と言えます。
通常揚げ縄が終わるとブリッジからベルで連絡があるのでわかりますが、今日はいつもの時間になっても連絡がありません。
いつもだと揚げ縄が終わってから来る機関長がやってきました。

機関長「どうも揚げ縄が遅れているみたいだな、ワッチは俺が取るけん、デッキにいって上げ縄を手伝ってくれや」

私「機関長、さっきの震動で目がさめたんですか。」

機関長「そうよ、あんだけ揺すられれば寝ちゃおれんな、ところで、さっき船頭から聞いてきたんじゃが明日か明後日、同じ会社の38号が近くに来ているみたいなので会合するそうだ、セコンドも何か託送品が来ているんじゃないか。」

38号**丸は私達の船より半年ほど遅れて直接この漁場に来ました。
会社では我々の家族に連絡し託送品を取り集めて38号に乗せたのです。

私「でも、機関長このしけ(嵐)ではボートも落とせませんよ。」

機関長「大丈夫、大丈夫、俺がいてくるから、救命ボートならひっくりかえる事もないからな。」

機関長と交代し、合羽を着てデッキに出ます。
相変わらず雨、風、波とも激しく、波がしぶきとなって頭の上から降り注ぎます。
多分みんな合羽の中まで濡れているのでしょう、無言で仕事をしています。
今まで暖かい所に居たっと言うこともあり、すぐに作業の順番に入ります。
作業台に上がると、幹縄と一緒にしぶきも水面からまき上がって来るので、まともに目を開けていれません。
早速、私の合羽の中にも雨水や塩水が首の隙間から入ってきました。
もう、こうなるとマグロどころではありません、早く終わって風呂に入りたいって思っているのは私だけでしょうか。
幸い?マグロも来なくて順調に揚げ縄は終わりました。
船頭から適水(商売が休みの事)の連絡がないので、投縄の人間から風呂に入ります。
投縄のない私も早々に寝台に横になります。
船は「ドスン、ドスン」っと言いながら船頭の目的のポイントまで走っています。
私がウトウトしかけて時です、今までとは違って一際大きい「ドスン」っという音がして、その後4〜5秒ほど「シーン」っと静まり返りました。
部屋から出るとTさんがブリッジに上がって行くのが見えました。
私も上がっていくとブリッジの窓の1枚が壊れたみたいで、塩水がブリッジの中まで入り込んだようです。
窓の近くにはラスパルマスで買ったカナリヤの籠が置いてありました。
そうです、私のすずめに似たカナリヤ以外はみんなブリッジに置いてあったので死んでしまいました。
カナリヤを死なせたTさんは腹の虫が納まらないみたいで船頭に食い下がっています。

Tさん「船頭、こんな時化の時にはもう少しゆっくりはしらにゃ、明日だってこれじゃ商売は出来ねえぞう」

船頭「....」

Tさん「せっかく高いカネ出して買ってきたのによ。」

船頭「わかった、わっかた、明日は休みじゃ、Tさんワシのカナリヤも死んだんじゃあけんのう」

っと言うわけで明日は休みになりました。
翌日の午後になると風も波も少し止んできました、ブリッジで船頭と機関長が何やら話しています。

船頭「いくら少し凪たからって、ボートを下ろすなんて無理な話じゃ、明日まで待ってくれやんせ。」

機関長「大丈夫だって、先航海だって大丈夫だったじゃん。」

船頭「機関長は言い出したら聞かんきんになあ、もう、わしゃしらんきんに船長に話してみやんせ」

結局ゴム製の救命ボートが下ろされました、機関長がやっとボートに乗り移ると船はゴムボートから離れます。
波と波の間に見え隠れしながら遠く離れると、38号が近寄って行きます。
ちょっと時間がかかったようですがゴムボートが船に上げられるのが見えたので一安心です。
左の長靴を海に落っことした機関長が託送品と一緒に帰ってきたのは、それから2時間位してからでした。
ここしばらくは新しいビデオが見れますね。

 


18、補給ハリファックス

静岡の焼津を出たのが、昭和50年12月10日でした。
それから、ケニアの沖、南アフリカはケープタウンの沖、そして今、カナダのハリファックス沖で2度目の正月を迎えようとしています。
正月は一応仕事のほうは休みで、コック長が普段より若干気合を入れて作った料理が出るくらいで、楽しみはマージャンかビデオを見るか酒を飲むくらいです。
ああ、正月は「年賀電報」が来ます。
前の正月、親からの電報は「早期満船と安航(安全な航海)を祈る」でしたが今年はどんな内容ですかね。
まあ、あと半月もすれば補給で正月番組が録画されたビデオが送られてくるでしょう。
漁の方もあまりぱっとしません、大きな本マグロも毎日来るわけではなく、いつの日港に帰れるやらです。
ただ、操業回数を増やすだけで漁槽の魚は増えません。

Bさん「ええいもうこうなったら、さっさと補給に行って、太平洋の東のバチでもやりゃいんだ」

私「Bさん、太平洋ですか、そうすると地球一周した事になりますね。」

Bさん「そんなこたあ、どうでもいいが、こんなことばかりやってるといつまでも帰れねえぞ。」

まさに、Bさんの言う通りで商売を続けても魚は一向に増えません。
船頭も大変でしょうが、乗組員もいやになってきます。
普通は長くても60日で補給となりますが、今回はもう70日近くになります。
船の中も余り良い雰囲気ではありません。
機関長がサロン(食堂)で飯を食っているとTさんが機関長に向かって何か言っています。

Tさん「おい、機関長よ、機械場で仕事だからって若い奴まで連れて行かれちゃ、デッキは仕事になんねえぞ」

機関長「・・・・」

どうもTさんは機関長に喧嘩を売っているようです、Tさんが機関長に近寄って右手を上げた時です、機関長は目の前にあった熱い味噌汁をTさんの目をめがけて浴びせました。
Tさんは目を手で押さえながらも機関長に殴りかかろうとしたとき、ブリッジから船頭が裸足で飛んできました。

船頭「二人とも喧嘩すんならデッキで、広いところでワシの見ている前でやらんせ。」

二人ともにらみ合っていますが、機関長はもともと自分から仕掛けた喧嘩ではないので落ち付きましたが、腹の虫が収まらないのはTさんでしょう、でも船頭が間に入れば続けるわけにはいきません。
こんな事もあって、補給が決定しました。

補給地はハリファックスです。
ハリファックスは誰も入港した事がなく何処に遊びに行ったらいいかわかりません。

機関長「こう言う時は俺に任せておけって、俺に着いてきな。」

っと言って先頭にたって歩き始めました。

機関長「いいか、こう言う時は人の流れを見るんだ、どこ国だってこの会社が終わる時間、行くところは一緒だろう。」

っと言って大きなショッピングモールに入って行きます。
そして、ついに大きなビヤホールを見つけてしまいました。
あいにくテーブルはいっぱいで相席になりました、我々4人とカップルで6人テーブルです。
多分恋人同士なのでしょう、その女性は自分の仕事を教えたくて私の手を取って脈を数える仕草をしたり、額に手をあてて熱を計る仕草をします、どうも看護婦のようです。
ここで、ビールを飲んで、次に行ったのは「ミスティムーン」っと言う店です。
ここはディスコ風の踊れる店です、1ヶ月くらいで渡り歩くプロのバンドが入っています。
南アフリカのリドのバンドとはかなりレベルが違うようです。


結局、ハリファックスは2泊3日で何事もなく終わると思われましたが、出港の朝、燃料の積み込み岸壁に船を移動させたら、船の下に鱒のような魚がいっぱい見えます、試しにイワシなどを釣るサビキを下ろすと2〜3匹一緒に付いてきます、入れ物を取りにちょっとその場を離れた隙に事件は起きました。
ラスパルマスで機関長が買った犬が、そのサビキを食ってしまったのです。
きゃんきゃんなくばかりで、人間を近づけさせません。まあ、自然に外れるだろうとナイロンを切ってそのままとする事にしました。
最後に小さな事件がありましたが、ハリファックスの補給も無事に終わりました。

 



19、パナマ運河通過

子犬に刺さった釣り針は取れて見えなくなりましたが、操業回数が増えるばかりで、漁の方は一向に振るいません。
船はハリファックスを出てからボストンの沖まで漁場を変えながら、丁度30回商売をしてパナマに向かうことになりました。

私「Bさん、パナマ運河ですか、通ったことありますか?」

Bさん「俺はないけど、聞いた話では大西洋側と太平洋側にそれぞれ大きな扉で区切ったマスがいくつかあるんだ。そして、その間には湖があるんだな、まず大きな貨物船がそのマスに入って、あとの隙間に俺達の船が入るんだ。」

私「隙間ですか。」

機関長「そうよ、隙間よ、俺達の船なんて小さいもんで、なんせパナマ運河はエンタープライズに合わせて作ったてことだからな、前に絵葉書で見た事があるよ。」

そばで聞いていた機関長が言います。

Bさん「船が入ったら扉を閉めて先のマスから水を落とし込むだ、先のマスと水面が同じになったら扉を開けて先のマスに船を進めるんだ、それの繰り返しで船を上の湖まで上げて行くんだ。」

私「そうすると水は上の湖からの水を使うんですね、上の水がなくなったらどうするんでしょうかね。」

Bさん「俺にそんなこと聞かれてもわかるかよ、もしかするとポンプでやってるかもしれねえな。」

機関長「それよりも注意して欲しいのは、エンジンの冷却水の詰まりだ。配管の中に着いている貝などが湖の真水で死んで狭いところで詰まって流れを止めてしまう事だ、エンジン焼き付きを起こすからな。」

私「なるほど、当直では冷却水の温度に注意って事ですね。」

機関長「それと、セコンドにやって欲しい事があるんだ、パナマに入ったらダイバーを呼んで船底に着いた貝や海草の掃除はやってもらうんだが、プロペラの元の所のカバーの取りつけネジがちゃんと着いているか見てきて欲しいんだ。」

私「見てくる、私が、船の底ですよね、私が、本当に。」

機関長「そうだよ、お前が一番若いんだからな。」

私「いや、年の問題では、結構深いですよね。」

機関長「4メートル位かな。」

私「深さはそうですが、斜めの位置なので、それよりも実際は2メーター位多いですね。」

Bさん「つべこべ言わずに はい って言えばいいの。」

私「ハイハイわかりました、私が行けばいいんでしょ。」

っと言うわけで私が潜る事になりました。
パナマの港は岸壁が狭いのか、船は沖にアンカーを入れて岸壁には接岸できません。
サンパンっという連絡船が来て町まで運んでくれます。
デッキの人たちは当直もないので早々と上がって行きました。
私には機関長から頼まれたプロペラの所のネジの確認があります。

機関長「セコンド、無理はするな、船底には触れないようにな、船底に張り付いてしまうと自力では離れないって言うからな」

私「機関長、今からでも遅くありません、止めましょう。」

Bさん「あきらめの悪いやつだな、さっさと行って来い。」

船の外側にハシゴかけられました。
海に入って水の中を見ると視界が50センチ位しかありません。
もう、こうなったら行くしかありません、方向を確認して、大きく息を吸って潜りました。
しばらくするとプロペラの端が見えてきました、方向的には間違いがなかったようです。
そのプロペラの裏側に回るとダイバーがプロペラの軸に巻きついたロープを切っているところでした。
私にはそれをゆっくり見ている時間はありません、目的のネジが全部着いているのを確認して急いで水面に戻りました。
はしごを上って機関長に問題がないことを報告します。

機関長「よし、よくやった、セコンドは今日は当直は休みでいいからな。」

Bさん「ちぇ、そんなことなら俺がやりゃよかったな。」

私「でも、Bさん私が抜けるとBさんの当直は夕方で終わりますよ、待ってるんで一緒に上がりましょう。」

Bさん「おう、そうだな、じゃ待ってろや。」

夕方になってBさんとサンパンに乗って上陸します。
大きな町ではありません、20分も歩けば町から抜けてしまいます。
パナマでは一晩だけなので早々に土産を買って船に帰ります。
翌日、昼過ぎからいよいよ運河に進入です。
大きな貨物船の後ろに入れられました。
巨大な扉が閉まると船の前と後ろの両サイドを太いワイヤーで固定されます。
そして水が注入されます、そうすると水面が渦巻くような勢いでです。
その水の速さは、3階建ビル程の高さが30分程で押し上げます。
そうすると前の扉が開けられ前の貨物船と本船が前のマスに移ります。
その時にワイヤーを引っ張るのは日本の三菱の重機だそうです。
最終的に登りの最後のマスに入った時にはまわりはすっかり暗くなっていました。
サロンでビデオを見ていたら、同室のN君がやってきました。

N君「セコンド、町が下に見えますよ。」

私「ん、何の事。」

N君「まあ、いいから外に出てみればわかりますよ。」

外に出ると丁度最後のマスで水が一杯になった状態です。
船の後ろに行くと暗闇の中にパナマの町の灯が遥か下に見えるではないですか。

私「はあ、こう言う絵もあるんだなあ。」

N君「ねええ、2度とこの場所には来る事はないでしょうね。」

私「多分な。」

最後のマスでパイラ(水先案内人)が乗ってきました。
後はパイラの案内で湖を明け方近くまで走って太平洋側の運河のバルボアまで行きます。
バルボアまで行けば、そこはもう太平洋です。
その先は日本です。


20、 帰港

パナマ運河の太平洋側のバルボアを出てから、浮ひもをケニア沖で使った長い物に交換します。
そうなんです、魚層がまだいっぱいになっていないので、このまま帰るわけには行かないのです。

Bさん「けっ、情けねえ話だよ、先航海は、もうとうの昔に帰ってたよ。」

私「そうですよね、もう、日本を出てから13ヶ月は過ぎてますからね。」

Bさん「もう、この航海はいいから帰って欲しいよな。」

私「でも、Bさんこのまま帰ったら取り金が少ないんじゃないですか。」

Bさん「そうよ、俺は少ないよ、お前は役付きだから良いよな。」

私「私でどれくらい貰えるんですかね。」

Bさん「さあ、水揚げがどんだけあるかわからんし、家に送金もしてるんだろう。」

私「はい、確か月に10万やってますが、もう130万送っている事になりますね。」

Bさん「その分と出港の時に借りた仕込み金が引かれるからまあ、2から300万位じゃないか。」

私「2から300万ですか、そんなもんですかね。」

そんな話をしながら、明日からの商売の準備をしています。
みんな文句を言わないでやっていますが、やっぱり心の中では「もういいから帰ろうよ」って思っているんでしょう。
明日からまた商売の始まりです。

揚げ縄は順調に進んでいます。
いや順調っと言っても、ここはカナダのファリファックスの様にしける所ではないので、もつれも有りません、それで順調と言う訳ではなくて、魚が来ないんです。
結局こんな状態が2週間程続いており、ラインホーラーだけが「ガラガラ」と軽やかに回っています。
そして今日も順調に進んでおりましたが、揚げ縄が始まって3時間程してから突然エンジンの煙突から真っ黒い煙が立ち上がりました。
一等機関士(ファースト)、私、その他部員もすぐに機械場に向かいます、後ろを振り返ると寝ているはずの機関長もこちらに向かっています。
当直はナンバン(繰機長)で、すでにメイーンエンジン(主機)は停止してありました。
機関長がナンバンに状況を聞いています。

ナンバン「自分が監視室にいると、エンジンの過給機(ターボ)の方から煙と大きな音がしたんですぐにエンジンを止めたんですよ。」

機関長「セコンド、すぐ冷却水ポンプを止めてくれ。」

私「はい。」

機関長は過給機(ターボ)のそばに行くとドレンプラグを緩めました、そうすると大量の水が流れ出てくるでは有りませんか。

機関長「過給機(ターボ)を取り外す準備をしてくれ、多分冷却系統に穴が開いて、高速回転の過給機(ターボ)の羽根車にその水があたったのが原因だろう。」

直径1メートル近くもある過給機(ターボ)が取り外されました、中を覗くとやはり羽根の一部がゆがんでいます。

機関長「この羽根の修正は無理なので、部品倉庫にあるバイパスを取り付けて運転するしかないだろう」

ファースト「過給機(ターボ)なしって言うと、まともな商売は出来んぜよ。」

機関長「そうよな、俺は今からこの件を船頭に言ってくるが、ファーストは漏れた冷却水が他の所に回ってないか確認してくれ、セコンドは誰かと行って部品庫に有るバイパスの準備だ。」

早速Bさんと部品庫に向かいます。

Bさん「セコンド、過給機(ターボ)なしって事はどう言う事になるんだ。」

私「過給機(ターボ)はエンジンから出てくる排気ガスの力で、新たに吸い込まれる空気の量を加圧して押し込む役目なんです、空気の量が多いっと言う事はそれだけ燃料を多く燃やせますから、同じ機械の大きさでも大きい馬力が出せるって事です。」

Bさん「その過給機(ターボ)がなくなるって事は馬力が小さくなる、どのくらいになるんだ」

私「一般的には2〜3割位って言われていますが実際は6割位まで落ちるかもしれませんね。」

Bさん「なるほどね、それじゃ商売はちょっときついわなあ。」

40〜50kgもあるバイパスを二人で機械場まで運んで行くと機関長が戻っていました。

機関長「今、船頭に故障の件を話してきた、すぐに会社に連絡を取るが、多分このまま帰るようになると思うって言ってた。」

ファースト「機関長、見た感じじゃあ冷却水の他の部分への影響はありゃせんが、始動するときはちょっと注意したほうがよかぞ。」

すぐさま過給機(ターボ)のバイパスは取りつけられて、今エンジンがかけられようとしています。
機関長は一回目は燃料のハンドルはゼロにしたままエンジンに始動用のエアーを軽く送り込みました。
エンジン内部に入っているかも知れない水分を飛ばすつもりです。
2回目は燃料のハンドルは通常の位置で、エアーを送り込むとエンジンはドスン、ドスンっと言う音で回り始めました。
いつもの軽やかな音では有りません、機関長とファーストはエンジンの各部の音、震動、温度を五感を使って確認しています。

機関長「過給機(ターボ)を外した状態での運転は経験がないで、俺にもこれで良いのかどうかはわからん、多分こんなもんじゃろう、俺はブリッジにいって船を操縦するやつらに最高回転など言ってくるんで、ファーストもう少しエンジンの状態を見てて欲しいんじゃがのう、他の人間はデッキに出て揚げ縄じゃ。」

っと言う訳で揚げ縄は再開されました、揚げ始めると80キロもあるバチマグロが立て続けに揚がりました。
所詮こんなもんでしょう、今日で商売が終わりだと決まったら、その日は普段の3倍の魚が揚がりました。
船頭の悔しがる事、悔しがる事。


21、船は母港に

船は太平洋を時計回りで母港の焼津に向かって走ります、これは太平洋の海流がそうなっているためです。
朝から天気が悪く小雨が降っています、ちょっと雨に濡れながら、船の手摺に手を掛けて水面を覗く込むと「ドスン、ドッスン」っと情けない音を立てているエンジンの割には、船はちゃんと波に乗って走り続けています。
50年12月10日に焼津を出てからすでに1年と数カ月経っています、夕べ局長(無線通信士)に頼んで両親が住む田舎に「本日揚げ後帰途、4月5日に清水港入港予定」の電報を打ちました。
清水港でマグロの水揚げをして、取り金の清算をして田舎に帰る事になりますが、その後どうするかも決めなければなりません。

Bさん「おい、セコンド、次はどうするんだ、またこの船で行くのか。」

私「そうなんですよね、もう決めないといけないんですかね。」

Bさん「おう、ブリッジでは船頭がその件で心配してるんじゃないか。」

私「でも、私には聞いてきませんよ。」

Bさん「聞いてこなくても、港に着くまでは大体わかっちゃうんだな,これが。」

私「ところで、Bさんはどうするんですか。」

Bさん「俺は一航海マドロスよ、同じ船に何度も乗れるかよ。」

私「とか言って、1ヶ月ちょっとで出るのがいやなんじゃないんですか。」

Bさん「まあ、それもあるが、船が入ったら毎日毎日ドンチャンさわぎでよ、酒も女ももういいやって位になったら出て行くんだ」

私「ちょっと待ってくださいよ、始めの酒はわかるんですが女はちょっと難しいんじゃないですか、相手もあることですし。」

Bさん「うるせい、お前にとやかく言われるすじあいはねえや。」

結局みんな寂しいんですね。
沖で商売をしてる時は、入港したら何をしようこれをしようって楽しみにしているわけで、入港すると今度は出るときのつらさが思えてきて酒を飲んでしまうんです。

それぞれのいろんな思いを乗せて船は港に着きます。
税関、検疫の手続きがすんで無事に入港です。
機関長がラスパルマスで買った犬と私が買ったカナリヤ(原種?)も入国できました。

マグロは大きな冷蔵庫が立ち並んでいる、焼津の隣の清水港で水揚げされます。
みんな防寒服を着てマイナス60度の魚層に入って行きます。
1年4ヶ月をかけて釣ったマグロがたった2日間で揚げられます。
陸上から大きなクレーン車でマグロがまるでバナナのふさの用に吊り上げられます。
重さを計って保冷車に乗せられて超低温冷蔵庫に入れられます。

2日間の水揚げも無事に済んで船はドック(船の修理点検工場)に回されておおよそ1ヶ月かけて修理点検がなされます。
船はドックに到着し、ブリッからエンジン停止の合図のベルが鳴りました。
機関長が主機の燃料ハンドルを手前に引くと主機は停止し、補機の音だけが残りました。
今度はその補機もすぐに停止しなければなりません。
船が陸上に引き上げられて冷却水が取れなくなるからです。
懐中電灯の準備をして、配電盤のハンドルを開放すると船の中は真っ暗になりました。
続けて補機が止められて1年4ヶ月ぶりの静寂です。
いろいろ、故障やトラブルがありましたがなんとかここまでやってきました。
機関長がみんなに「ご苦労さん」「ご苦労さん」って言っています。

翌日、会社に呼ばれて清算がありました。
取り金はおおよそ200万円で多いのか少ないのかもわからず有りがたく頂戴します。
会計から「今度はどうするの」って聞かれましたが、「田舎に帰って考えてから返事をします。」っと答えます。
1年4ヶ月前と同じようなカバンひとつの格好で焼津の駅に向かいます。
電車に乗ってから又この焼津に来るのかなっと思っていると電車は走りはじめました。

おしまい。